« 2008年1月 | トップページ | 2008年3月 »

2008年2月

2月は逃げる

P3050179 2月29日(金) けふのうた

懐かしきノモト帽子店いまだあり春の新作被りてみたし

いつからか「2月は逃げる」と語呂合わせのようによく使う。どこで知ったのか分からないけれど、日数の短さ、商売も振るわないという月を象徴するような言葉で気に入っている。今年はオリンピックの年で29日まであるが、たった1日の違いなのにはやく過ぎる気がするから不思議だ。

子供のころ、何で2月だけこんなに短いのか不思議だった。長じてその昔は今の3月から1年が始まっていたと知り納得した。ほかの説に2月は名高い悪人が生まれたから短く、8月は英雄が生まれたから7月に続いて長いとも・・・こちらはどうもね。

今日は温かく、明日から3月と聞いただけで胸が弾む。高原の春はゆっくりとした足取りだけれど確実にそこまで来ていると実感できるから。

3日はひなまつり、13日は私と吉永小百合の誕生日。なぜか不思議と3月がお誕生日の友達が多い。そういう意味でも楽しみの多い月である。

ノモト帽子店 ・・・先日前橋に行ったとき、学生時代からあった帽子屋さんがまだ営業していて感激。

| | コメント (1) | トラックバック (0)

ハイビスカスの花

P3070186 2月28日(木)  けふのうた

ひとまわり小さくなれど春の陽にハイビスカスの真紅眩し

昨日に続いて我が家の冬を彩る花のお話。

窓辺のハイビスカスがまた花をつけた。この花はなぜか季節を問わず咲く。沖縄より南の花なので温かければいつでもいいのだろうか。

これも世話なしなので我が家に長くいる。放って置くとどんどん大きくなるので、知らないうちに夫が小さく剪定しておいてくれる。するといつの間にか新芽を出しいつの間にやら蕾がついている。ズボラ花好きにはありがたい花だ。

もう何年も前、群馬からおじいさんが車で売りに来て、ちょっと高いなあと思いながら、確か1500円くらいで買ったと思う。数日後ホームセンターに行ったら、同じくらいのが700円くらいで売っていてガッカリした覚えがあるが、まあこれだけ長く咲けば差額は十分とれた。

君子蘭同様大して栄養もやらないので年々小ぶりになるが、光の中の真っ赤な花は元気を与えてくれる。小さな鉢なのに10ヶ以上の蕾がついている。これから次々と咲いて赤いゼラニウムとともに春を待つ高原の窓辺を飾ってくれるだろう。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

君子蘭の花

P3030167 2月27日(水) けふのうた

絶え絶えの水にも耐えし君子蘭朱もあざやかに蕾覗かす

読者の皆さんはもうおわかりのことと思うが、わたしは何かを始めるとしばらくは寝食は忘れないまでも、家事はすぐ忘れてしまうくらいのめり込んでしまう。それがどれくらい続くかはもちろん本人も分からない。あるとき憑き物が落ちるように終わるのだから。

しばらく私の意識の中から消えて単なる観葉植物と化していた君子蘭に蕾を見つけた。何年ぶりだろう。思わず「久しぶりねえ」と声をかけたくらいだから。水もめったにやらず気付けば乾燥には強いはずが餓死寸前なんてことも何度か。それでも水さえやればまた復活してつやつやした観葉植物にはなるので我が家にはずっといる。水だけでは当然生きるのがやっとで、あのあでやかな花など何年もお目にかかっていなかった。

ひどいヤツだとお思いでしょうが初めからこんなではなかったのですよ。以前は庭の土をふるいにかけ石を除き季節季節の花を絶やさず、冬も窓辺をきれいな花で飾っていたのに、いつからかぱたりと興味がなくなってしまった。花は見るもので世話はもっぱら夫の担当になった。彼はマメで植物と話をしながら手をかけるのでご近所のベテランガーデナーからもお褒めいただくほどいい花を咲かす。

だが室内の花の担当は相変わらず私。そのためずっと室内におかれる鉢花はえらい目にあっている。きっとこんなズボラな私を戒めるために何年かぶりに君子蘭が花をつけたのだろう。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

赤ちゃんの握りこぶし

P3040173 2月26日(火)  けふのうた

握りたる小さな手には限りなき夢と希望を持つ新生児

久しぶりに赤ちゃんに会った。それも生まれてまだ2週間という赤ちゃん。うーん愛らしい。パパとママ、ジィジとバァバに早くはやく会いたくて予定より1週間早く生まれたそうだ。

今の赤ちゃんは生まれたときからちゃんと人間らしい顔をしている。よくサルのようなと言われたむかしの赤ちゃんとはだいぶ違う。私などどれくらいかかって人間らしい顔になったのやら・・・。まだ一日の大半は眠っている。脳が成長するには眠りが絶対的に必要なのだとか。いっぱい眠って健やかに成長して欲しい。

もうマイナス成長となって久しい私は近頃早く目覚め、すぐにはそのまま眠れないことが多い。仕方ないので歌を作ったりブログを考えたりしているうちに、また眠りにつくらしい。目覚めれば作った歌をすっかり忘れているという情けない現実。これも残り少なくなった時間を有効に使うようにという神様のご配慮だろうかとマジに思う。

赤ちゃんは生まれるまでしっかり手を握っている。パーの手をして生まれてくる子はいない。それは一生分の幸せをしっかり握って生まれてくるからだという。どうかその幸せをつかんだま大きくなれるよう周りの大人たちがしっかり見守っていかなければ・・・赤ちゃんはすべての希望だから。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

名残り風

2月25日(月)  けふのうた

去年(こぞ)八月(はづき)風となりたる友偲び集ひし人を吹く名残り風

きのう24日、去年の夏の終わりに52歳という若さで逝ってしまった友を偲ぶ会が行われた。彼女とは学生時代同じ研究室、同じサークルだった。卒業後も仲のよい共通の友を介してお付き合いが続いた。彼女は教育学部卒業後、大方の仲間の進む教師の道ではなく、臨床心理士という道を目指したのだった。

学生時代の仲間には、その夢見るような大きな潤んだ瞳の可憐な姿を印象的に思い出す人が多いが、卒業後心理学の研究室に入り研鑽を積み、その道で多くの仲間と出会い、信頼を得て、なくてはならない人となっていたことを心理士の仲間の皆さんの言葉によって知った。

また高校時代は演劇に燃え、静かながら内に秘めたる情熱と探求の人だったことも。詩や小説を好み、音楽や絵も好きだった。もっぱら鑑賞するほうかと思っていたら、小説や詩を書きピアノを弾き・・・自ら創作する人でもあった。今にして思えば、いろいろなことに人一倍熱心に取り組んだのも、短い人生を暗示していたように思えてならない。

病気が分かってからあまりにも早く逝ってしまったことに、いまさらながら「がん」の恐ろしさを思う。

ご主人の涙のあいさつに始まり、出席者一人ひとりの思い出の言葉に涙し、最後に娘さんが撮った8ミリの在りし日の姿に涙して会場を後にした。

散会後、30年ぶりに再会した学生時代の仲間と場所を移し、涙が出るほど笑ってしゃべって友にさよならを告げた

おしゃべりの乙女おしゃべりのオバさんとなりて賑わし午後の喫茶店

合掌

| | コメント (0) | トラックバック (0)

はなぴー紹介

2月24日(日)

                  Hanapy_4じめまして。 「はなぴー」8歳の女の子です。よろしくね。

ちょっと美形でしょ?ママの自慢の娘なんだって。

今3人の中で私が一番上なの。他の二人よりひとつ大きいだけだけどね・・・たった一歳でも先輩は先輩よね。

だからおにいちゃんなんかいつも追い掛け回してやるの。だっていつもママにべったりなんだもの。

私だって甘えたいんだけど、お姉さんだから二人の前では絶対甘えないことにしているの。

だけど寝るときだけは別。パパかママについてきてもらわないとダメなの。そこでタップリ甘えるのよ。一緒に寝ているのも私だけ。そういう時、私ってパパとママに特別愛されてるって思えてうれしいんだ。

パパとママと寝るときは私が真ん中。こういうのって川の字って言うのよね。

わたし川っていう字分かるのよ。ちょっと他のみんなよりIQが高いってママは言うわ。お利巧ってことよね。

でも足の悪いたんちゃんは絶対いじめないの。だってかわいそうだもの。弱いものいじめなんて猫の風上にも置けないと思わない?

いつもママのブログ読んでくれてありがとう。私のこともまた書いてくれると思うから楽しみにしてね。

ニャオニャー(またねー)

| | コメント (0) | トラックバック (0)

3点のエッセイ

2月23日(土)  けふのうた

手も足も冷たくあれど胸内に灯ともるごとし君を想へば

高校3年の時、現代国語の課題で自由題で800字くらいの作文を書くようにというのがあった。小学校のころは書くことが好きだった。作文は長いほどいいと思っていたらしく、友達と枚数を競いあったものだった。だが久しぶりに自由に書けといわれてもなかなかテーマが見つからない。

家でその課題に取り組んだ日は雨だった。そのうち上がったらしくポトンポトンと雫の音が規則正しく聞こえてきた。そして浮かんだ題が「雨音を聴きながら」。なんかエッセイっぽいじゃん?気をよくして思い浮かぶままに、俳句好きだった祖父と自分とのつながりみたいなことを書いた。ドラマチックでもなんでもない淡々とした文だったが、エッセイってそんなものでしょ?と思い提出した。

後日返された作文には点数がついていた。5点満点中の3点。まあ妥当でしょうと納得していた私に教師のひと言で衝撃が走った。「3,5点が平均的な高校生のレベルだと思え」。ガーン!私は平均以下?それまで国語にはいささかの自信を持っていた私にはかなりショックだった。

それから30年の時が流れ、友達とその話になったとき、「あら、わたし4、5点だったわ」とのたまうではないか。「何を書いてそんなにいい点もらったの?」と聞くと「社会批判よ。だってあの先生はそういうことを書けばいい点くれるって分かるじゃないの」との答え。少し革新的な先生だったことにも気付かない、なんとも幼い女子高生だった。

まあ今でもこんな文を書いているんだから、あのときからさほど成長しているとも思えない。やはりあの先生は見る目があったのだ。

| | コメント (1) | トラックバック (0)

たんちゃん紹介

Cats ママがやっと写真を載せられるようになったので、ようやく皆さんにお目にかかれます。

西紅柿さん、ママのお手伝いしてくれて本当にありがとう。

初めまして、たんちゃんです。女の子でーす。

ほんとの名前はチビ。お兄ちゃんより小さかったのでこんな名前になったんだって。

でも病院にいったときしかこの名前では呼ばれないの。

いつもは たんちゃん。チビたんの「たん」らしいんだけどね。これだってかなり手抜きだよね。パパもママももうちょっと考えてよね。

でも、もうこれが私の名前、皆さんも「たんちゃん」って呼んでください。

トレードマークは水色のオシメ。結構似合ってるでしょ?

これさえしていれば猫?に金棒。どこだって自由にいけるわ。

でも時々ケージの外に出てオシメしないで歩き回ってママを困らせるんだ。

おしっこがナメクジの這ったあとみたいになってるからすぐにばれちゃって・・・ママは汗だくになって絨毯拭いてるわ。

でもそんなに怒られないよ。「たんちゃんは仕方ないよね。元気でうれしいよ」なんてほめられたりして・・・。

またいつか脱走しようっと!

わたしってアップにするとちょっと怖そうね。ママもっと可愛い写真なかったの?またいつか撮ってもらってかわいいのを載せてもらうね。

バイにゃん!

| | コメント (0) | トラックバック (0)

次は何中毒?

2月22日(金)  けふのうた

浅間嶺の白き稜線地の冬と天の春とをくっきり分かつ

昨年はずっとピアノに夢中でした。特に夏以降は家事散歩以外の時間はほとんどピアノに向かっていて「ワタシちょっと異常じゃない?」と思ったほどでした。

1日4,5時間は当たり前。長いときは寝る、食べる、お風呂、トイレ以外はずっとなんてこともありました。

いくら優しいダンナさんだって、掃除もしない、料理も帰宅してからとなると小言のひとつも言いたくなりますよね。その返答が「天国のお母さんが弾かせているのよ」ですから、夫も反す言葉がなかったようです。

この五十肩の痛みはきっとその罰です。1月になって「幻想即興曲」がいちおう合格した後は、憑き物が落ちたようにピアノに向かう時間は少なくなりました。

その後新しく始めたブログにはまり、今度はパソコンの前に座りっぱなし。相変わらず掃除は手抜き(もともと好まない)、自分でもあきれます。

目はショボショボ、肩は張る、ビタミンB12を飲みながらブログを書く。わたしって何とか症候群というヤツなのだろうか?

走り続けていないと死んでしまうというマウスの話を聞いたことがあったが・・・。

ピアノ中毒からブログ中毒へ。次は何中毒?

PS

今日は「猫の日」 なんで?

2月22日 にゃん・にゃん・にゃん だからですって。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

黒いマント

2月21日(木) けふのうた

憧れをいだき校門くぐりしは黒いマントのオカッパ頭

夜明けのピーポーで起こされ、そのまま眠れないでいると、なぜか子供のころのことが思い出される。

今から47年前の4月、3週間前にようやく6歳になったばかりのやせっぽちのオカッパの女の子が、お父さんに連れられて小学校の入学式に臨んだ。きっとわくわくドキドキしていたことだろう。

なにせそれまでの6年間、近所の一つ下の友達二人とままごとをしたり、一人で野山を駆け回っていたわけだから・・・。

入学前、ほかの同級生たちは少し離れた保育園に通っていた子もいた。だが我が家では幼児教育なんて意識がうすかったのだろう、野山が私の保育園だった。

雪国では入学式のころはまだ雪が降る。だからみんなマントを羽織っていた。男の子は黒、女の子は赤。これはお日様が東から昇って西に沈むように当然のことだった。

ところが、その当然のはずのことが私には起こらなかった。母は3歳下の弟も使えるようにと黒いマントを用意したのだ。今にして思えばこの日が「私はみんなと違う」という潜在的な感覚を刻み込んだ日だったかもしれない。

結局弟が入学するころにはアノラックなるものが出て、黒のマントは着なかったはずだ。あの時赤いマントだったら・・・。後で父に聞いたのだが式が終わると私は父を置いてさっさと帰ってきたという。

私はいまでも集団が少し苦手だ。むしろ一人でいるのが好き。こういう性格は多分に6年間通った「野山保育園」の成果なのだろう。そして黒いマントもその一役を担ったのかもしれない。

| | コメント (1) | トラックバック (0)

厳冬浅間高原

2月20日(水)  けふのうた

頬を打つ浅間颪の冷たさも潔しとてわれは愛する

浅間山のふもとに暮らしてもうすぐ23年。このところ連日真冬日で浅間高原の冬らしい感じがする。初めての冬にマイナス16度と聞いて、恐ろしいところに来てしまったものだと思ったが、それも今ではなつかしい思い出。「住めば都」とはよく言ったものだ。

浅間高原の季節ははっきりくっきりしている。

春は静かに長く助走して一気にやってくる。

夏はここ以外どこにも行きたくないと思わせるさわやかな空気につつまれる。

夏の終わりからひそかにバトンを受けとるように涼風が立ち秋を知る。

このころが一番好きだ。

そして冬は堂々とやってきて一番長く居座っている。

私はここの冬が好き。寒風もすき、透き通った青空も好き、何より部屋に差し込む日差しが好き。じっとしているのが好きな私にとって、一歩も外に出なくてよい冬はある意味で好もしい季節。夫の作った冬野菜をことこと煮ながらピアノに向かう日々・・・まさに極楽。もしかしたら、私は夫より冬の浅間高原に惹かれてここに来たのかもしれない・・・ナイショだよ。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

ねこはかすがい

2月19日(月)  けふのうた

にゃにゃっニャニャッとふ常ならぬ声に振り向けば猫は小鳥とおしゃべりしてる

今日から2ヶ月目に入ります。宣言した1ヶ月を達成してほっとしたので、これからは少し肩の力を抜いて書きます。

「ねこやしき」のアイドル たんちゃんは一日中私と一緒。まあ私は養育係、いや侍女という立場ですね。毎日のお下の世話から時々の脱走劇の後始末(おかげで時々大掃除もできます)まで私をボーッとさせてはくれないありがたい存在です。

彼女は1歳になる前に交通事故に遭い、それがきっかけでうちの子になりました。3人兄妹(長姉はお星さんに)の末っ子で体も小さく、冬を前に風邪を引いたらしくクシュンクシュンしていたのを夫が見かねてご飯をやるようになり、ひと冬外の猫小屋でおっかちゃん(昨春お星さんに)とおにいちゃんと過ごしました。ようやく春が来て外を走り回れるようになったある日事故に・・・手術の甲斐もなく二度と後ろ足で立つことはできなくなりました。

その現実を彼女はどこまで理解しているのか・・・要求も一番激しいが、生まれもった明るい性格でどんなに手を患わされてもその愛らしさに負けてしまいます。オシメの世話も子供のいない私たちには結構楽しいもの。今年8歳になるからもう何人もの赤ちゃんの世話をしたようです。これも目に見えない方のご高配?

昨日の新聞で戦時中飼い猫まで供出させられたという投稿を読みました。犬という話は聞いたことがありますが猫まで・・・ほんとに国家総動員だったのですね。「たんちゃんはそんな時代にいなくてよかったね」と話しかけたら「にゃーっ」と間髪を入れず応えてくれました。猫とも人間ともコミュニケートできるお利口さんです(親バカ)。

可愛いたんちゃんの姿をお見せしたいのですが写真をブログにアップできません。どうやればいいの?誰か教えて!アルバム「ねこやしきの住人」は訪問者にも見ていただいてるのかしら?何せ機械オンチなもので・・・見た方はコメントください。

昼下がりキー打つ手止め眺めゐる猫の寝顔は平和の証し

| | コメント (2) | トラックバック (0)

1ヶ月達成記念

2月18日(月) けふのうた

読みくるる人を励みにひと月を書き続けたり ブログ「ねこやしき」

このブログが始まって今日で1ヶ月。何とか書き続けられました。ひとえに読者の皆様のおかげです。チョンマル カムサハムニダ。

特にブログやってみたら?と言ってくれたあなた、コマウォヨ。

毎日1首作るようにご指導くださった先生にも、謝謝(シエシエ)。

友達の好で、もしかしたら?義理で訪問してくれたあなた、心からありがとうね。

見えない糸に引かれて訪れてくださったあなた、また間違ってアクセスしてしまったあなた、サンキュー。

コメントを下さってどなたか分かる方、訪問番号しか分からない方も合わせて、延べ142人もの読者があったことにただただ驚きありがたく思います。

書くということは自分をさらけ出すと同時にほかの人に何らかの影響を与える可能性があります。ついつい調子にのって言葉遊びにならないようご教示、反論を謙虚に承ります。

・・・・なんて今日はすっごく真面目だね。

子供のころ日記を書き出しては続かなかった私が、まがりなりにも1ケ月という期間一度も休まず書き続けられたのは、読んでくださる人がいるという喜びからです。

そして最大の成果は歌がたくさんできたこと。なんとこの1ヶ月で例年の半年分も作りました。歌材はいくらでも転がっているのに、それを見つける目がなかった愚かな歌詠みです。

最近嬉しいことに私の周りで歌を詠む人がぽつぽつ出てきました。あなたも五七五の心地よいリズムに酔ってみませんか?

(注)  チョンマル・・・本当に

     カムサハムニダ、コマウオヨ・・・感謝します、ありがとう

地の底はまだ冬なれど如月の空には春の生まれゐるらし

| | コメント (0) | トラックバック (0)

おひとり様 中間報告

2月17日(日)  けふのうた

「ひと言も発せぬ日あり」 14年のおひとり様はしみじみ語る

今日でおひとり様生活一週間、中間報告です。まあ普段と大して変わらないといえばそれまでですが、大きな違いは食事。まだ一度もご飯を炊いてませーん。でもご心配には及びませんよ。コンビニ弁当や外食ばかりしているわけではありませんから。それまでに冷凍していたご飯をチンしてきちんと3食食べています。でもとうとうきのうはご飯粒を口にしませんでしたけど・・・。

しかしメニューが問題です。ちょっとでも手のかかるおかずは作らない。ただゆでるだけのほうれん草がなぜかゆでられないで、買ってから3日目の今日もまだ野菜室の中。この意欲の低下はどうしたことだろう?

品数が少ないと作るのは簡単だが、食べるのもこれまた早い。普段でも会話の少ない我が家の食卓ですが、一人ではただ黙々と食べてさっと終わり、これぞまさに味気ない食卓。夫は私の健康維持のためにも存在しているだけでありがたい。誰かのために食事を作るということが大きな意味を持っていると改めて感じます。

独りになってもきちんと暮らすというのはなかなか努力を要することです。最近の新聞でひとりの食卓は何を食べるかよりもどんな風に食べるかが大事だというのを読みました。一品一品きちんとお皿に盛り、すっと背筋を伸ばして食べないと侘しさが増すとも・・・確かにそうです

昨日の短歌会でおひとり様歴14年のベテランのおっしゃった言葉が今日の歌。80歳近いその方ははきちんと暮らしておられ、えらいなあといつも感心しています。よき先輩を身近に見てわがグータラ生活の反省しきりですが、期間限定だから・・・どうかお許しください。

| | コメント (1) | トラックバック (0)

つぼみの桜に

2月16日(土)  けふのうた

花散らしの風になりても還り来よ去年(こぞ)の桜をあとにせし人

落ち込んでしまった気分を変えようと久しぶりに美容院に出かけた。途中の桜並木のつぼみはまだまだ固い。風に揺れる枝を見上げて思った。無念にもこの春の桜に逢えない人がたくさんいるんだと。私の周りにも8月に逝った友、きのうの訃報の娘さん・・・かくいう自分だって今年の桜に逢える保証はない。人間はなんて不確実な生の中に生きているのだろ。いや限りある人間の考えをはるかに超えた大いなる意思に生かされているのだろう。

あと何回桜に逢えるのか・・・桜に逢う回数を数えるなんて今までなかったことだ。桜、さくらと世の中が騒げば騒ぐほどひそかに反発を覚えるひねくれ者だったはずなのに・・・人は変わるものだ。ふと数日前の風の強さがよみがえった。娘さんが旅立ったのはあのころだっただろうか・・・。

かの強き風のうなりは残されし老ひ母と子の嘆きの声か

余談になるが、美容院で雑誌をめくるとマリー・アントアネットの展覧会の特集記事があった。彼女は1755年生まれ。な、なんとちょうどその200年後にアタクシ誕生したのですよ。贅沢な暮らしで国家財政を破綻させ、フランス革命の原因の一端を作ったと言われるアントアネットだけれどなぜかちょっぴり親しみを覚える。でも2日に1着のドレス新調はアントアネットお姉さまも浪費が過ぎましたねぇ。

| | コメント (2) | トラックバック (0)

悲しみの友に

2月15日(金)  けふのうた

娘(こ)を先に逝かしめ給ふ母となる友にかけやる言葉を持たず

悲しい知らせに呆然としている。20年来母のように甘えさせてもらっている友が娘さんを亡くしたと。あまりに突然のことに一瞬言葉を失ってしまった。あんなに一心に娘さんの世話をしていた友の悲嘆を思うと切なくやりきれない。話に聞く娘さんはどこか私に似通ったところがあるように感じていた。たった一度お会いしたことがあったが、あちらも私のことを聞いていたらしく、初対面なのに率直な話をされて驚いた記憶がある。真っ直ぐな飾らない性格の女性だった。まだ10歳の息子さんを残して逝ってしまわれた。

遅かれ早かれ死は誰にでもいつか訪れる。5年前に母を先に送った父が、いつだったか私に言ったことがある。「順当なら少しくらい死ぬのが早くたっていい。俺より先には死ぬなよ」と。つれあいに先立たれた父の悲しみの言葉だった。

友は4年前にご主人を亡くされ、ようやくその悲しみが癒えかけたところだった。それなのに・・・また深い悲しみの淵に沈められてしまうかと思うと何ともやりきれない。こんな時お世話になっているばかりの私にできることは何だろう。話を聴き、共に泣き、悲しみに寄り添ってあげること、ただそれしか思い浮かばない。

子を持たぬ吾なれど友の慟哭を想へば胸に鉛抱くごと   

合掌

                                        

| | コメント (0) | トラックバック (0)

バレンタインデー

2月14日(木) けふのうた

如月の光の空に誘われてい出づれば頬切る真冬日の風

今日はバレンタインデー。世界中の愛する人たちが贈り物をしあう日。日本ではもっぱら女性からチョコレートを贈るが、花を贈るというところもある。日本では本命、義理とそれなりに気を使うが、中国では花の色で本命かそうでないかを区別するとのこと。本命は赤、それ以外は黄色。これってやっぱり中国的、明々白々だね。黄色い花をもらった人の気持ちは?でももらえないよりいいか・・・。

かくいう私のバレンタインデーの思い出は?うーん、高校生のころはまったく記憶なし。そのころ世の中バレンタインなんて騒いでなかったよね。大学生のころは一度だけマフラーを編んだ記憶があるけど・・・もしかしたらあれはVPだったかしら?もう遠い記憶の彼方になってしまった。余談だが、好きな人ができると季節に関係なくマフラーを編む友達がいて、新しい恋人ができるとすぐにわかったっけ・・・。

夫はそういう世の習いにまったく乗らない人なのでこちらも気楽。会社でもらう義理チョコのお返しはしっかりしているみたいだが、今年は出張中なのでそれもなし。内心よかったよかったと思っているでしょう。でもタイでも義理何とかをもらったりして・・・。

この歌を君に届けむ想ひこめバレンタインのチョコレートに代え

ブログを読んでくださるあなたにはハートのチョコを、そしてわたしにはおいしいチョコ買ってこようっと。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

期間限定 おひとり様

2月13日(水) けふのうた

淡雪が霧と変われるそのときを待ち待ちて君今宵問へかし

今朝も5時半前に はなぴー に起こされた。この担当は普段は夫なのだが独り暮らしはこれがつらい。朝寝坊は夢のまた夢かぁ。夢といえば今日の歌はロマンチックでしょ?現実にはこんなことないけど歌の世界ではありうること、せいぜい遊びましょう。

わたしの期間限定「おひとり様」暮らしも3日目。2週間なんてあっという間ですが、女性の平均的モデルでは最低10年は「おひとり様」になるのです。それも人生最晩年を。

私のお友達のお姉さまたちは(みんな70代)ここ3,4年で立て続けに「おひとり様」になりました。この年代の方は自分を抑え夫に尽くし続けることに幸せを見出してきた人たちです。夫を亡くしたばかりは咲き誇る花がしおれたように一回りも小さくなった人、地に足がついていない感じという人、早く夫のいる天に召されたいという人・・・愛する人を失うというのはこんなにも打撃が大きいのかという思いでした。1周忌まではこんなですがそれを終えると心も体も回復して皆さんかなり元気になられますね。3回忌もすめばもうハツラツです。今までやれなかったことをこれからはやるわ、あれもしたいしこれもしたい・・・・と。

よかったよかった、こうでなくちゃ。女は本来こういう動物です。「おひとり様恐るるなかれ。人生の晩年も明るいぞ」と先輩諸姉を見て思うのです。さて男性は?

| | コメント (2) | トラックバック (0)

福寿草

P3030168 2月12日(火)  けふのうた

立春より七日の庭の凍て土を割りて開けり福寿草ふたつ

きのうせっかく咲いた福寿草に今朝は淡雪が舞っています。こうして行ったり来たりしながら春はゆっくりそして確実にやってくるのです。

子供のころ(40年以上前)の2月はまだまだ冬真っ最中。もしかしたら一番雪が降るころだったかもしれません。学校のグラウンドの中央に積雪計が立っていて3メートルなんてのはざらでしたね。雪は降るのが当たり前でいちいち何メートルなんて意識はありませんでしたが、ただ前日に汗水たらしてやっと下ろした屋根に翌日それ以上の雪を見たときには子供心にも落胆した覚えは鮮明に残っています。これを何十年と経験すると雪国独特の性格が出来上がるのでしょう。今は私の子供のころと違い、雪下ろしもしなくてよい屋根ですし、道路の除雪は完璧ですし、都会のように突然の雪で右往左往なんてことはありません。

昔は雪国の人にとって春は突然やってくるのです。それまでただひたすら踏み固めていた道を雪が降らなくなると道割といって、みんなでスコップで掘っていくのです。学校までの道や村の中の道がいっせいに掘られ黒い土に出会ったときの感動はなんともいえません。「冬が終わった」という安堵感と「春が来た」という叫びたいほどの喜びで大人も子供もみんなニコニコ顔。子供の背丈より高い雪の壁に囲まれた道を走り回ったりしました。雪に押しつぶされていた道端の草も顔を出したばかりは真黄色。でもすぐに柔らかな緑色になって女の子たちのままごとの材料になります。淡雪を見ながら遠い昔を思い出しました。

| | コメント (1) | トラックバック (0)

愉快的生活開始

2月11日(月) けふのうた

出張の夫(つま)を送りし帰り道ほの白む空に明けの明星

今日から2週間気ままな独り暮らし。それっていつもとあんまり変わらないんじゃないの?とおっしゃる向きもありましょうがこれが微妙に違うのですよ。

まず第一に主婦にとっての最大の悩み献立を考えなくていい。一人でも食べないわけではないが一人なら何か口に入ればいい。まして糖尿の身なればいわゆるご馳走は禁物。カロリーが少なくてお腹がいっぱいになればこんなありがたいことはない。

次に苦手な掃除をサボれる。わが夫は神の配剤か対照的にきれい好き。私とて汚いのが好きという訳ではない。ただ掃除するよりやりたいことがあると、ついつい後回しになり、結局掃除の順番が来る前に日が暮れる。それなら先にやれば?と思うでしょ?ところが朝やっても猫が出たり入ったりしているので夫が帰ってくる前にはもう一回やらなくてはいけない。そんなら帰る直前にやるのが一番合理的、ということで、時にはできず・・・ということに相成る。わがモットー「明日できることは今日やらない」 まあどう言おうと言い訳にしか聞こえないが・・・。

第三に朝寝坊ができる。普通ならこれもチョー魅力的なのだが、これがなかなか難しい。我が家の猫は毎朝夫がしっかり世話をしているので、その時間になると催促して眠ってなどいられない。結局朝寝というご利益はあまり期待できないのである。でも何日かは猫の激しい要求を断固拒否して思う存分眠るぞー(眠りたい)!!

てなわけで愉快的生活(ユィークァイ ダ シェンフォ)本日より始まりはじまりー  ッカーン!!(拍子木の音)

午後8時前出張先に到着とTELあり、珍しいこと。福寿草咲いたと知らせる。しっかり手抜きの第1日目終了。明日は掃除します。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

祭りの後

2月10日(日) けふのうた

酔ひしれし オリンピックも 十年の 時経て今は 幻のごと

今長野は1998年冬季長野五輪10周年記念のイベントが盛んに行われています。あの感動からあっという間の10年です。あらためて時の流れの速さを感じます。あの16日間のお祭りが終わってからの長野は、お祭りの虚脱感にひたっている間もなく次々に明るみになる招致にかかわる不透明な帳簿、その後の財政難、それを立て直すべく登場した田中県政、そしてあまりの緊縮財政にに音をあげ発足した後戻り感の強い現村井県政。あっという間とはいいながら10年の間にはさまざまな出来事がありました。

私の10年間は?それまでいた犬のコロちゃんに加え、オリンピック前年の8月に初めての猫のさくらちゃんがやってきました。そして2歳であっというまにお星様になってしまいました。その悲しみを埋めてくれるように1週間後にはなぴーちゃん、翌年たんちゃん一家3人がやってきて、2年前にはコロちゃんを16歳で、昨年は年齢不詳のままおっかちゃんを天国に送りました。まさに猫と犬との暮らしにどっぷりひたった年月でした。これからもどっぷり・・・?

| | コメント (1) | トラックバック (0)

夜明けのピーポー

2月9日(土) けふのうた

明け方のサイレンの音に覚めをれば鬼籍に入りし母祖父浮かぶ

きょうは突然の救急車のサイレンで目が覚めた。まだ真っ暗。こんな時間に誰がどんな病気で・・・と思っていると頭がさえてもう眠れない。今日のブログは何にしようかななどと考えたりしていると、今は亡き母や祖父のことが浮かんできた。

私は子供のころからよく言えば生一本、悪く言えばかたくなな性格で、母はひそかにそんな娘を心配していたらしい。しかし何か言えばすぐに反発するのでことわざでやんわりと諭していた。「みんながケツをまくったらいっしょケツをまくれ」などとややお上品とは言いがたいものが多かったが母の伝えたかったことは今ではよく分かる。やや遅きに失した感はあるが・・・。67歳で逝った母の思い出はまだまだこれからいっぱい書こうと思う。

祖父は本好きで文学全集や月間小説などを枕元においておく人だった。19才で初めて作った俳句が「世に生きて何張り合いの田螺かな」。とても明るい未来のある青年の句とは思えない。それには祖父の生い立ちが大きく影響している。

生まれる前に父親をなくした祖父は、たった一人ほかの兄弟たちと父の違う子として、その時代の長男として特別に育ちさびしい子供時代をすごしたらしい。試験を受けて郵便局員になりたかったと自分の気持ちを書き残しているが、願いかなわず家を継ぎ9人の子供をもうけたが、そのうち2人を一日のうちに失い、それを機に俳号を「更生」とした。

62歳で隠居したあと句作と読書に没頭して晩年をすごした。私には脳溢血で倒れて寝たきりになった祖父の姿しか記憶にないが、わたしが短歌を作ったり株をして損ばかりしているのも祖父の血が流れている証かと思う。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

姫ご乱心?

2月8日(金) けふのうた

朝一番ねこのお尻を拭ひつつ臭い臭いと夫(つま)目尻を下げる

我が家の二の姫たんちゃん(ねこやしきの住人にフォト掲載)は下半身が不自由でおしっことウンコが勝手に出てしまいます。したがってケージの外に出るときはおしめをつけています。今は寒いので夜はケージのある部屋ではなくダイニングにヒーターをおいて寝ています。

世話は主に私の仕事ですが、朝一番の世話は当然ながら一番早く起きる夫がやることになります。いつもはおしめをはずしお尻を拭いてしばらくは籠の中で過ごすのですが、今朝は大変なことになっておりました。部屋のあちこちに大きなウンコ小さなウンコ。おしめは着けたままなのに・・・???

きっとしっぽを出す穴の隙間から漏れちゃったんでしょう。見ればいつも寝ているヒーターの上に大ウンコがボトン。これが臭くていられなかったのでしょうね。温かい寝場所を求めて部屋の中を歩き回った結果このような状態になったことと想像いたします。

これから大掃除です。フローリングはまだしも絨毯の掃除は・・・。汗だくだくの大掃除になりそう。当の姫はお尻を洗ってもらって気持ちよさそうにストーブの前でコクリコクリ。ねこの寝顔には負けます。さーて始めるか!!

| | コメント (0) | トラックバック (0)

朝からボロボロ

2月7日(木) けふのうた

TV見て朝からぼろぼろ泣いてゐるそんな自分がうれしくもあり

近頃泣き虫になった。体の芯から涙を搾り出すほど泣いたのは母が亡くなった時と???の時(子供のころを除いて)。ところが最近身も心もあらゆるところが緩んできたらしくすぐに涙が出る。これは韓流ドラマがきっかけかもしれない。冬ソナで入ったスイッチが切れなくなってしまったらしい。今朝も朝ドラの「ちりとてちん」の草若師匠の言葉に泣けてしまった。師匠が余命幾許もないことを知って「好きな人が遠くへ行ってしまって涙でダムができるほど泣くのはもういや」という主人公若狭に向かって、師匠いわく「人が年の順で死んで行くのは道理や。それがいやならお前が先に死ななあかん。消えていく命を惜しむ心は今生きている命を惜しむ心につながる。そしてもっともっと大切に生きようという気ィになる。そしたら笑って生きられる」と、沁みた。でも耳に入る言葉に敏感になった割には自分の口から出る言葉にセーブがきかないのは何故?これも年のせい?

1月19日にブログを開設して以来、今日は最高の延べ30人以上の訪問者がありました。今までどれくらいの方が来てくださっているのかなんて考えもしませんでしたが、今日初めてアクセス解析なるところをクリックしてみたら,まあいろいろな観点での分析があるんですね、びっくりしました。こんなつたない文でも読んでくださる方がいると思うと感謝感激雨あられです。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

水風呂と刑事さん

2月6日(水) けふのうた

震へつつストーブの前に座り込み水風呂だとふ君はやさしく

昨晩久々にやってしまいました。それもこんな寒いときに。かけ湯したつもりが水ではさぞかしびっくりしたことでしょう。追い炊きのスイッチを入れるのを忘れたらしいです。お粗末な奥さんですみません。でもうれしかった。穏やかな口調だったし、その後も一切そのことに触れないし。

何気なく開けたる戸口に立つ人の笑みて示すは警察手帳

初体験。我が家に刑事さんが来た。軽井沢で起きた強盗未遂事件の聞き込みですって。最近ミシンのセールスマンが来なかったかと訊くので「掃除してもらいましたよ」と答えると詳しく聞かせてくれという。ちゃんと伝票もあるし疑われちゃかわいそうなので怪しい人ではないと思いますよと受け加えてあげました。なんか人助けしたみたい。でも私の名前と生年月日を書いていってまさかウソの刑事さんなんてことはないよね?ちょっぴりカッコよかったけどTVの刑事さんとはちょっと違う雰囲気だった。

夜、刑事さんからTELあり。身長服装など再度訊かれる。もしかしたら???玄関は施錠するくせをつけなくちゃいけないかな?

| | コメント (1) | トラックバック (0)

バルサミコ

2月5日(火) けふのうた

バルサミコと唱ふるだけでひとっ飛び光溢るるイタリアの地に

朝のTVで和伊中の3シェフが同じ食材で腕を競うという番組があります。今日はブリ。どれもおいしそうでしたが一番興味を引いたのはイタリアンのブリのバルサミコソース。だいぶ前からバルサミコというのを聞くようになって買ってはみたもののパスタ以外のイタリアンを作れないので最近までまったく出番がなかった。これでようやく使い方が分かりました。まずは今日見たネギのソースをやってみようっと。しょうゆ味噌主体の超アジアンテイストのわが家の食卓が一気にヨーロピアンへ?

| | コメント (0) | トラックバック (0)

立春

2月4日(月) けふのうた

緋毛氈に雛を飾れば玄関に灯ともるごとし立春の夜

今日は立春。春という文字だけでも心が弾みます。子供のころは立春といってもまだまだ深い雪の中でどこにも春の気配など感じず、どうして今頃が春なのと不思議に思ったことでした。

立春記念にもう一首

雪国に生まれ育てど久々の雪道なれば怪し足元

昨日からの雪は上がり朝からお日様がまぶしい一日です。気分がいいので散歩がてらピアノの先生のお宅まで楽譜をお返しに行きました。行きは上りで滑りませんでしたが帰りは側溝のステンレスのふたで見事に滑ってもう少しで転倒しそうになりました。しかしそこは雪国育ち、何とか持ちこたえましたが大きな声を出して、そばで雪かきをしていたほかほか弁当のお兄さんに笑われてしまいました。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

鬼やらい

2月3日(日) けふのうた

声出して豆は撒かねどわが裡に棲む鬼やらいを誓ふ節分

世は鬼だらけ。戦争、暴力、不正、抑圧、病気、貧困、貪欲、嫉妬。思えばこれらは人の中に棲む鬼が形を成して世に現れているに過ぎない。そしてそれは自分の中にも形を変えて棲んでいる。心の中をのぞいてそれを直視するのは怖い気もするがそれをしなくては人は成長しない。ブログを毎日書き続けることで自分を見つめ、何匹もの鬼の中のひとつでも小さくなりいつか消し去ることができれば・・・。

今日は一日雪でしたね。こんな日は鬼も寒くて出歩かないかな?今年の恵方は南南東。お昼はパパのおごりで豪華な恵方巻き、おごっつぉさんでした。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

思いやり

2月2日(土) けふのうた

言葉には出さぬ習ひの君なれば想ひやらなむ胸の思ひを

日本には「察する」という文化がある。特に夫婦では「察し、思いやる」が求められる。ところが私はこれが大の苦手。言われればやるがなかなか先先と考えてやれず(やらず)「お前は思いやりがない」とよく言われる。「やってもらいたいことは言ってよね」「言われなくてもやるのが当たり前」とよくけんかになる。まあ両方ともすこしずづ歩み寄ればうまくゆくのでしょうね。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

よき友

2月1日(金) けふのうた

昼下がりの友との談話盛り上がり気付けば空は茜に染まる

きょうは午後久しぶりに友達とのおしゃべりを楽しみました。10日も会わないとずいぶん会わない気分。彼女とはいろいろなことを話せます。愚痴も聞いてくれいつもよきアドバイスをしてくれるありがたい友達です。きょうから2月、寒いけどお日様きらきら「光の春」を実感できます。春は天から降ってくるのです。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

« 2008年1月 | トップページ | 2008年3月 »