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2008年4月

源氏千年紀

P4290529   2008年4月30日(水)

      けふのうた

舞ひ初むる桜は遠きいにしえのはかなく散りし恋の涙か

今年は源氏物語が生まれて千年だとかで、さまざまな催し物が開催されたりマスコミでもよく取り上げられたりしている。源氏物語は世界最古の物語文学で日本文化の誇りでもあるが現代の日本人にはいささか縁遠い話でもある。

主人公は天皇の御子で才能,容貌、地位、富すべてを兼ね備えた完璧な男光源氏。その恋の遍歴を延々と書き連ねている。もちろん原文ではなかなか理解できないので現代語訳で読むのだが,それでも名だたる作家たちが全精力をを傾けて取り組んだものでこれを読み通すのも大変だ。

光源氏は女性から見た男性の理想像として書かれているが私にはどこか存在感が希薄に感じてしまう。むしろ彼を取り巻くさまざまなタイプの女性を描くことが紫式部の目的だったのではなかろうか。その中に一人は必ず自分に似た人を見つけることができる。

さしずめ私は源氏の正妻で気位が高く(ここは少し違う)素直に甘えられない葵上と身を引いてはかなく死ぬ(ここもだいぶ違う)夕顔を合わせたような・・・どんなヤツ?まちがっても愛が深すぎて嫉妬心から生霊になる六条御息所のタイプではないが・・・そんな恋にもあこがれる。読者諸姉はいかが?

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春椎茸

P4220495      2008年4月29日(火)

         けふのうた

愛らしき顔覗かせし椎茸の坊や一夜に大きくなりぬ

私は大雑把で今日一日が楽しけりゃというタイプだが、夫は繊細で計画的でマメな人だ。あまりに正反対な性格が時としてうまくいったりそうでなかったり・・・。

その計画的でマメな彼が昨年か一昨年、クヌギの木に椎茸の菌を埋め込んだらしい。私はまったく忘れていたが、この春くりくり頭の椎茸坊やたちがいっぱい顔を出した。そうなると私も俄然興味津々となる。春は乾燥していてなかなか大きくならないので彼は帰ってくると水をやり寒い夜はコモを被せてるなど感心するほどよく世話をしている。私はといえばいつ食べられるかという下心でのみ毎日様子を見ている。

先週は異常なほど暖かい日が続き一気に桜が満開になったが、それにあわせて椎茸坊やたちも一気に大きくなって食べごろとなった。

早速肉厚のドンコ椎茸を収穫した。網焼きにしていただいたがその歯ごたえのしっかりしていておいしかったこと。夫作る人私配る人でまだ一回しか食べていないがマメな夫にカサハニダ~。

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ソフトボール大会

P4220475      2008年4月28日(月)

            けふのうた

久々に集ひ見交わす隣人の笑顔あふるる車座の宴

昨日は満開の桜の下、区の班対抗ソフトボール大会があった。わが9班はこのところずっと私がピッチャーを勤めさせていただいている。ボール競技が苦手な私が何故ピッチャーかというと素直な球でよく打たれ必ず負けるから・・・?一回戦で負けるとちょうどよい時間に宴会になり午後はゆっくりそれぞれの時間ができて大変都合がよいのだ。

ところが今年は私が五十肩で右腕が思うに任せず投げられないので私より少し若い奥さんがピッチャーをやってくれた。相手も早く宴会がやりたい口のチームで、もしかしたら勝っちゃうんじゃないかと心配したがかろうじて3対2で負け予定通りの宴会となった。

晴れ渡る青空の下いつもの空き地で班長さんの準備してくれたご馳走をいただきながらの宴会となった。オードブルは私には禁断の揚げ物がたくさん。このときとばかりあれこれいただいたのは言うまでもない。

散会後は先週行ったスキー場にふたたび行ってみた。雪がほとんど消えて今度はたくさんの蕗の薹がとれた。家の近くでウドとタラの芽と木の芽も採れて夕食は山菜尽くしの草ご飯で一日のカロリー収支はバッチリOK。

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お花見会

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    2008年4月27日(日)

               けふのうた

春雨にぬるる桜に酔ひしれて部屋にあふるる異国の笑顔

浅間高原は今桜真っ盛り。先週前半のあたたかさで一気に開いた花はここ二日の寒さで一休み。

きのう中国語教室の仲間とお花見昼食会があった。満開の桜を愛でながら素敵な部屋で楽しい食事とおしゃべりを楽しみにしていたが急用ができて1時間遅れでの参加となった。

お部屋に入るともう食事も終わりかけていたがメンバーはみな笑顔で迎えてくれた。新しくできた初級クラスの方たちとそれぞれ家族を連れて(私は一人)の参加だったので、日本、中国、マレーシアの3カ国の大人11人と幼児から小学生までの4人の子供たちのインターナショナルなお花見会となった。

飛び交う言葉も日本語、中国語、英語。3年近くやっても私の中国語はちっとも進歩しないのにほかの国の人たちの日本語の上手なこと。感心するばかりだ。

その国で暮らせばイヤでも使わなくてはいけないからうまくなるのだろうが、その人の努力もきっと並大抵のものではないだろう。要するに私には必要感がないから必死感もない。よってなかなかうまくならないのだ。

折りしもこの日は長野で聖火リレーがおこなわれた。いくらかの混乱はあったが何とか無事リレーは終了した。人間の長い歴史の間にはさまざまな思惑が交錯して時には衝突もあるが、お互いの理解は顔を合わせて話すことから始まる。言葉を知ることは文化を知ること、その国を知ることなのだ。亀の歩みでもいいからあきらめずに続けよう。

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一本桜

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     2008年4月26日(土)

御代田一里塚の一本桜     けふのうた 

中仙道行き交ふ人を幾星霜独り眺めむ一本桜

信州の一本桜の名木の特集を見た。それらの古木たちは古来日本人が如何に桜に思いを込めてきたかを無言のうちに語っていた。

樹齢何百年という古木は真っ黒なごつごつした老いた木肌なのに春になると妖艶な女人に変身する。それはまさに木に宿る精気の存在を実感させる。

御代田にも旧中仙道沿いに植えられた一里塚の一本桜がある。大きく広がって枝垂れた枝には濃いピンクの花が枝先までつき、見上げると花の滝のしぶきを浴びるようだ。樹齢は定かではないが支えられた枝に生きてきた年月を思わせる。

桜はあっという間に盛りが過ぎる。散り始めた花びらからはもうあの妖気は消え、愛らしい乙女たちが微笑みながら「また来春ね」と手を振りながら別れを告げている。

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木の芽採り

P4230508    2008年4月25日(金)

      けふのうた

散歩するつもりがいつしか木の芽採りはやも伸びたり吾を待つごと

日が長くなり夕方の散歩も気持ちよい季節になった。少し涼しくなった夕風に吹かれて歩いていると、林の縁につんと伸びた木の芽を発見。早速摘みながら入ってみると風をよけるせいか、もうずいぶん大きくなったものもある。

大方の読者はご存知だろうが知らない方のために一応説明すると、一般的に木の芽というのは山椒の若芽のことだがここでいう木の芽は「アケビの新芽」。主に新潟から東北地方で食べるのではないだろうか。ほろ苦さがなんともいえない春の味だ。

こちらに来たばかりの頃、藪に入っていると通りがかった人が怪訝そうに「何をしているんですか?」と聞くので「夕飯のおかずを調達しているんです」と答えたものだ。地元では食べないので幸いにも私の独占状態なのだ。

お隣さんは山菜が好きな方なので教えたら早速食べるようになったがまだまだ普及しない。そのほうが私には好都合だけど・・・。

残念なことに雪の少ないところなのでこちらのものはアクが強い。ところがなぜか今年の初物は拍子抜けするくらい苦味がなかった。贅沢は言うまい。これからしばらくは我が家の食卓の貴重な一品なのだから。

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ママレード

P4220447    2008年4月24日(木)

      けふのうた

初夏(はつなつ)の香に包まれてママレード煮る厨女(くりやめ)も楽しきものぞ

毎年恒例のママレード作りを終えた。私はジャムの中でこれが一番好きだ。さわやかな酸味とほろ苦さが青春を思わせる。これが作れるのはお隣さんが無農薬の夏みかんをおすそ分けしてくださるから。

この夏みかんは親戚の方が40年位前に食べた種を庭に蒔いたのが成長して実をつけたのだそうだ。実が成り出した頃には世の中に甘い夏みかんが出てきて、すっぱいものなど見向きもされずただ落ちるがままになっていたそうだ。

それをもらってきて試しにママレードを作ってみたらなんと絶妙なおいしさ。以来ずっといただくことになったとのこと。おかげで私まで毎年楽しませてもらっている。今年はいつもよりいっぱいいただき、焦がす失敗もなかったのでたくさんできた。

今回初めてお隣さんのアドバイスで作り方を少し変えてみたら癖のないさわやかなママレードができた。パンに良し、ヨーグルトに良し、また食べすぎちゃいそうだ。

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甘草

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    2008年4月23日(水)

ヤブカンゾウの若芽     けふのうた

ほの甘きヤブカンゾウの芽を食し夫(つま)は宣(のたま)ふ兎の餌と

我が家の南向かい平尾山のスキー場のゲレンデの雪ももう残り僅か。そろそろ蕗の薹が出る頃と行ってみると、雪消えの早い斜面のものはすでに摘まれていたが10個ほど採れた。

蕗の薹よりたくさん採れたのはヤブカンゾウの芽。夏の道端や畦道にオレンジ色の花を咲かせる元気な野草だ。

食べられることは知っていたが、ぜひ食べたいというほどの特徴のある野草でもない。道端や草原に普通にあるので食べたことがあるが雪のあまり降らないところの野草は硬く、いまひとつおいしくなかった。

今回も大して期待してはいなかったが、スキー場という条件がよかったのかしゃきしゃきしながらも柔らかくその名の通りほんのり甘い。お浸しを口にしながら夫曰く、「こんなのは昔は兎の餌だよ。でも意外とうまいな」

春の山菜はやはり雪の下から出るものがいい。ふるさと魚沼の山菜のおいしさを改めて納得した。

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箱膳

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   2008年4月22日(火)     

ウグイスカズラ                   けふのうた

資料館に物言わずある展示物眠れる記憶呼び覚ましたり

昨日の吟行会の続き。

「大澤酒造民俗資料館」には縄文時代の土器や石器から昭和の生活民具までさまざまなものが展示されているが、中でも私の目を引いたのは箱膳。

箱の中にはご飯茶碗,汁椀、箸、小皿など一人分の食器が納められており、食事のときは箱のふたを返しその上に食器を載せて一人ひとりのテーブルのようにして使う。食べ終わると箱の中に戻して仕舞う。今思えば主婦の手を煩わさない実に合理的なシステムだ。むかしは油物はあまりなかったのでいちいち洗剤で洗うこともなくすぐに片付けられたはずだ。

私は使った記憶がある。一体何歳の頃まで箱膳の食事だったのだろう。記憶の大方は四角い座卓での食事風景だが、その前には丸いちゃぶ台の時代もあるはずだとは夫の言葉。その辺りはちょっとぼんやりしている。

資料館の展示物は私が子供のころ見たものがいっぱい。人間の生活は最近?までとてもゆっくり変わってきていて、ここ百年ばかり、もっと限定すればこの数十年の変化は人類史上大激変なのだ。地球が悲鳴を上げるのも当たり前だ。そんなことを改めて思うきっかけになった見学だった。

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吟行会

P4170421    2008年4月21日(月)

      けふのうた

落葉松の新芽

三百年の時を湛へて鎮もれる古酒を守りぬ古伊万里の壷

19日(土)に御代田短歌会の吟行会があった。私を除いては70代の方々ばかりなのでゆったりした行程だ。

見学箇所は旧中山道茂田井宿にある「大澤酒造民俗資料館」と「しなの山林美術館」、20年ぶりの再訪だ。大澤酒造は元禄2年(1689)創業の酒蔵で資料館には創業時の酒が詰められた白磁の古伊万里の壷があった。昭和44年にNHKの番組で280年ぶりに蓋が開けられ現存する日本最古の酒と評価されたという。

美術館を出て車に乗ろうとすると一人の老人が現れ「ここも見ていってくれ」と書の展示館を案内してくれた。真っ赤なチェックのシャツにベストというおしゃれなおじいさんで、今の天皇の皇太子時代の書の先生の作品などご自慢の収蔵品の説明をしてくれた。

その話より面白かったのは彼の若い頃の道楽自慢。お金を持たずに銀座に行き、ツケで遊んでは田んぼや山を銀座につぎ込んだとか。むかしのお大尽の遊びは豪快だ。

勉強会もそこそこにお昼をいただき満開の桜を眺めながらゆったりと温泉に浸かる。あ~極楽極楽。

いま高原は梅、桜、連翹、木蓮の真っ盛り。落葉松も柔らかな新芽を吹きだし、信州の里山にもようやく春が訪れた。

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オリンピックイヤー

P4170422    2008年4月20日(日)

      けふのうた

水中のカメラが写すスイマーの手足の動き目を凝らし見る

私は水泳が苦手だった。子供のころ川で泳いでいて急な深みにはまった恐怖がトラウマとなった。大学ではプールに入っていれば単位をくれたので、ついぞ25メートル泳がずに卒業した。だが教えるにはさしたる不便もなくすごしてしまった。

2000年のシドニーオリンピックでは画期的なことに水中カメラが下から覗く角度で選手たちの泳ぎを写してくれた。それを見ていたら無性に泳ぎたくなった、というより泳げる気がした。手足の動かし方に納得したのだ。頭で納得すると早い。早速プールに行って平泳ぎをやってみたらあっさり25メートル泳げるではないか。「今までの苦手意識はなんだったの~?」って感じ。

それから4年後のアテネ大会。再び世界の最高レベルの泳ぎに感動。またもや無性に泳ぎたくなった。本を買って枕元に置きイメージを叩き込んでは翌日プールで練習という日が続く。ついに全泳法で25メートル泳げるようになった。「バンザーイ」で憑き物が落ちたようにまたプールから遠ざかった。

今年は北京オリンピック。今オリンピック代表選考会が行われている。一発勝負の緊迫感のあるレースを見ていたらまたまた無性に泳ぎたくなった。このところ座っているばかりで散歩以外の運動はゼロ。久しぶりにプールへ行ってみようかな。今年行かなきゃ次はまた4年後だものね。

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ブログ3ヶ月

P4130377    2008年4月19日(土)

      けふのうた

立ち止まり振り返り見ればわが歩みとうに半ばを過ぎてをりたり

読者の皆様の応援のおかげでブログ「ねこやしき」も本日で3ヶ月を達成いたしました。しがないオバサンの独り言にお付き合い下って本当にありがとうございます。

3ヶ月というと90篇。最初のころはその日の出来事を書いていたが、そう毎日劇的なことが起こる生活ではないので自然と過去のことを思いおこして書くようになる。遠い記憶の中に埋もれていた出来事が突然思い出されたり、父母への思いを新たにしたりとそれなりに自分を振り返る作業となった。

読んでくださる方はたいてい私をご存知の方だろうと思いながら気取らず飾らず肩の力を抜いてを心がけている。時節柄か「高遠桜」には突然多数のアクセスがあってびっくりしたが、この3ヶ月間平均7人の方が毎日読んでくださっただけでもありがたいことだと思う。

ブログ開設の本来の目的だった短歌の方はどうしても文にあわせたものになってしまいあまりいいものはできないが、今ではブログを書くことが生活の重要な部分を占めるようになった。おかげで寝不足の日々は続く。

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恋の消息

P4170408  2008年4月18日(金)

    けふのうた

花冷えの宵に届きぬ遠き日のはかなく散りし恋の消息

ようやくふくらみ始めた桜にふと満開の寂しさをおもう。盛りが過ぎれば散る運命が待っている。実らぬ恋と同じように・・・。

もう30年も前「なごり雪」の歌そのままに終わった私の恋。せつなさとともに時折思い出す22歳の私。

恋のゴールは結婚?と女の子なら自然に考えるのだろうが、子供のころから花嫁にあこがれることがなかった私の恋は結婚へとは進まなかった。

仕事という新しい環境と物理的な距離、思いをすぐに伝えられないもどかしさ、そして自分の思いだけしか考えられない未熟さが決定的だった。もしあのころ携帯があったら・・・なんて思うこともあるが、過去の歴史に「たら・れば」は意味のないこと。どんな時代でも実らぬさだめの恋はあるのだから。

ある時処分できずにいた手紙を開いたことがあった。懐かしさと切なさの混じった不思議な感情に襲われ思わず声を上げて泣いた。そこには私の青春がそのままに生きていた。もっと年取ってもこの恋を懐かしく思い出すのだろう、悔恨と懐かしさとともに・・・。

最近偶然に彼の消息を知った。これからその街に行くたびに「もしかしたら・・・」なんて淡い期待を抱くだろう。知らないほうがよかったのかもしれない。

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おひとり様

P4130376_2   2008年4月17日(木)

     けふのうた

花冷えの夕べにひとり君想ひ届かぬ便り綴りてをりぬ

雨が降って寒い日の猫はひたすら眠っている。たんちゃんは暖かい床に、おにいちゃんは椅子の上に、はなぴーはもちろん寝室に。

遊んでくれる子がいないので寝姿を眺めながらPCに向かう。これがそう遠くない将来の日常かもしれないと思いながら・・・。

お友達のおば様たちはこの3,4年のうちに立て続けにおひとり様になった。直後の深い悲しみから立ち直り新しい生活を作り直していく姿を図らずもそばで見させてもらうこととなった。

皆さん子供さんがいらっしゃるので心の面では安定しているが、一番大変なのは移動の足がないこと。70代の女性はまだ運転免許を持たない人が多い。都会ならいざ知らず田舎では車がないと何かと大変なのだ。

一昨年おひとり様暮らしをスタートした Tさんの生き方はお手本だ。インターネットで飛行機のチケットを取り最初の冬は外国で暮らす息子さんのところに滞在し、今年も房総で冬を過ごし最近帰ってこられた。

たまに散歩の途中顔を出すがいつもにこやかに迎えてくれる。いろいろな事に興味を持ち進歩することを喜びとしている姿勢は身近なお手本である。私がおひとり様になったときあんなふうに暮らせるだろうか・・・。

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土筆摘み

P4150387    2008年4月16日(水)

      けふのうた

土筆摘み終えて楽しきおしゃべりをする間も休めぬ袴取る手は

暖かな昨日の午後、ピンポーンの音で玄関に出るとお友達が二人「土筆摘みに行かない?」とのお誘い。

私は雪国生まれでたいていの山菜は食べるが土筆は食べなかった。その時季にはたくさんの山菜が出るのでわざわざ土筆まで食べることはなかったのだろう。

お目当ての場所に着くとそこは駐車場となっていたが、端の方には土筆がびっしり顔を出し採り放題。

早速3人で手分けして摘み30分も立てば袋にいっぱいになった。土筆は採るのは簡単だが食べるには袴取りの作業が欠かせない。まずは我が家で渇いたのどを潤し作業開始。手数があるというのはやはりすごい。楽しくおしゃべりしながらあっという間に築き上げた袴の山が上の写真。

一番土筆摘みにご執心なのは70代のおば様。土筆摘みは子供のころの家族の春の恒例行事だったとか。私ともう一人のお友達はお付き合いなので土筆はみんなおば様にあげた。きっとお夕飯は土筆ご飯で会話も一段と弾んだことだろう。

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ふるさとの香り

P4140385    2008年4月15日(火)

       けふのうた

なつかしき笑顔の表紙の小冊子めくるページにふるさと香る

年に4回義妹から小冊子が送られてくる。つい最近も春号が届いた。彼女が勤めている「八海醸造」が発行している「魚沼へ」という季刊誌だ。

表紙を飾るのはたいてい深いしわを刻んだ笑顔のおじさんおばさんたち。みんないい顔をしている。その顔を見ただけでふるさとに帰った気がする。ページをめくれば魚沼の四季の風景、行事、草花、小動物、食べ物の話が美しいイラストや写真とともに綴られている。

この春号のおじさんも会ったことがあるような気がする。どの表紙のおじさんおばさんもそう思うから不思議だ。みんな親戚のおじさんおばさんみたいな感覚なのだ。撮影場所は八海山のふもと岡村辺りだろうか。

若いころは田舎から出ることばかり考えていた。古臭い土蔵の臭いのするような変化のない暮らしがイヤだった。しかし人が生きるということはどんなことかと考えるような年になるとふるさとのよさ、ありがたさがやっと見えてくる。その割には帰ることが少ない親不孝な娘だが・・・。

裏表紙は六万騎城址のカタクリの花の群生だ。花の向こうにひとり野山を歩くオカッパの女の子の後姿が見えるような・・・。

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真打を待つ

P4130374_2     2008年4月14日(月)

       けふのうた

沈丁花・サンシュユ・辛夷・梅・連翹 真打桜の出を待つばかり

高原の春は一気に花開く。凍て土を割って芽を出した福寿草に始まった春の助走は暦が進むにつれスピードを上げ、あるとき一気にジャンプして木の花に移る。そうなるともう地の花も木の花も我先とばかり咲き出し庭はまさに春爛漫。あとは膨らみだした桜の蕾を眺めつつ指折り数えて開花を待つ毎日となる。

桜ほど待ち焦がれられ、かつすぐに忘れ去られる花もないだろう。良くも悪くも熱しやすく冷めやすい日本人の気質を象徴しているかもしれない。そういう意味でも「日本の花」と言えるだろう。

今年の桜を見ることなく逝った友の卒論は梶井基次郎だった。彼の小説に「桜の下には死体が埋まっている」という一文がある。それが真実であるかのように桜に何か妖気のようなものを感じるのは日本人だけなのだろうか。

今週は毎日蕾のほころび具合を眺めながらの散歩になるだろう。お天気がよければ今週中に咲くかな?

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アナゴ天丼

P4020356_2     2008年4月13日(日)

       けふのうた

人間の最後の欲望封じらる我慢強しと選ばれたるや

数日前お友達のおば様から灯油の補助の臨時収入が入ったからデートしない?とお誘いがあった。この冬の灯油高騰でお年より家庭には市町村から補助金が出たそうな。

そんなお金でおごっていただくのも気が引けるが、まあタクシー代わりにあちこち用をたしてあげることでご馳走になった。

何でも好きなものをと言われてもあまりお高いものでは申し訳ない。ちょうど雨が降って寒い日だったのでアナゴ天丼のセットを注文した。

しばらくして出てきたどんぶりの大きいこと、さらにアナゴ天のこれまたたくさんなこと!おもわず「うわーっ、すごい!」。おば様はさすがにご飯を残したが、外食では残さない主義の私はもちろん完食。一粒残さずいただきました。もしかしたらこれが人生最後の天丼かもしれない・・・?

発病以来てんぷらを一切口にしないわけではないが天丼なんて夢のまた夢、禁断の食べ物のはずだった。それなのに・・・。

このところ自分の中で心身ともに変化が起きている感じがする。糖尿病は確実に進行している実感はあるのに食べてしまう・・・きのうもマカダミアチョコを買ってしまった。食後のコーヒーと甘いもの、生活習慣病とはよく名づけたものだ。命名者に拍手?・・・なんて言っちゃいられないのだが。

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夜間中学

P4020362    2008年4月12日(土)

       けふのうた

「物がない」これこそ生ける教材と気付けど戻れぬ飽食の国

江戸時代から庶民の識字率が高かった日本の義務教育就学率はもちろん世界のトップクラスだ。

そんな日本でも病気や貧困で読み書きすら学べないでしまった人が少なからずいる。そういう人たちが夜間中学でようやく学ぶ喜びを味わっているという番組を見た。

就学猶予という建前で学ぶ機会を閉ざされたであろう体の不自由な女性は銀行で本人が書かなくてはならない名前を「手が不自由で書けない」といって書いてもらっていた。「自分の名前が書けないとはとても恥ずかしくていえなかった」と言う。つらかった思いを覚えた文字で原稿用紙50枚にも綴った。

貧しくて小さいうちから働かざるを得なかった80歳の男性は立派に成功し店を何軒も経営しているが経理は人に任せざるを得なかった。初めて英語や数学を学び、今更にして世の中にこんな世界があったのかと感動したという。

学ぶことは本来喜びだ。それが何故苦痛になるのか。どんなにおいしい食事でも食べたいと思わないのに強制されれば誰だって苦痛だ。「適度の飢餓感」こそ教育には不可欠ではないだろうか。

しかしこんなにあらゆるものが簡単に手に入る時代はそのこと自体が難しいことになってしまった。がんばって貧しさから抜け出したはずの日本・・・いつから歯車が食い違ってしまったのだろう。

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ひょっこりひょうたん島

P4020354     2008年4月11日(金)

   

ヒメオドリコソウ        けふのうた

朝(あした)より降り継ぐ雨は芽吹きたる緑育む慈母のまなざし

<生徒たち>

勉強なさい、勉強なさい、大人は子供に命令するよ。

勉強なさい、偉くなるために、お金持ちになるために、

あ~あ~あ~あ~ そんなのもう聞き飽きた。

<サンデー先生>

いいえ、よい大人になるためよ。

男らしい男、女らしい女、人間らしい人間、

そうよ、人間になるために、はい、勉強なさい!

この歌を覚えている人は概ね45才以上の人だろう。’64年から’69年までNHKで放送されたミュージカル人形劇「ひょっこりひょうたん島」の中で歌われた歌だ。今でも時折口ずさんでいるからよほど印象的だったのだろう。子供の素朴な疑問「何のために勉強なんかするの?」という問いに対する大人の答えとして実に的確な言葉だと思う。

「ひょっこりひょうたん島」は井上ひさしと山元護久が脚本を書いていた。子供心にも真剣に視聴者に向かってくるごまかしのない批判精神に感心した覚えがある。今でもあれを越える子供番組はないと思っている。

大人たちよ、子供たちにきっぱりと言おう。

人間らしい人間になるために勉強するのだ」と。

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持つ幸せ持たぬ幸せ

P4070371_2    2008年4月10日(木)

      けふのうた        

窓の辺に恐れ煩ひなく眠る猫を眺むるひとつ幸せ

最近若者による考えられないような事件が続き、どうして・・・?と考えることが多い。被害者本人の無念もさることながら残された親御さんや家族の嘆きを思ってしまう。

久しぶりに訪ねてくれた友達のおば様いわく「春休みに大きな孫たちが入れ替わり立ちかわり来てはそのたびお小遣いを上げたから3月は物入りで大変だった。これから先も心配で子供なんていないほうが気楽だ」と贅沢なことを言う。

「それは幸せというもの。第一お小遣いをあげる孫がいて、上げられるお金があるんだからそんな幸せはないじゃない?」というがあまり納得しない様子。「それはまあ大変だったわね」と素直に言えばよかったのかな?とあとで思ったが、人は得てして自分の幸せには気付かないものかもしれない。

私は子供を持たなかったので生物学的に自分のDNAが受け継がれることにあこがれる。それができた人は本当に幸せだと思う。

それなら子供のない人は不幸かといえばそうとも思わない。生命という大きな流れの中、ほんのわずかな時間生きてほかの命のために何かできたのであれば自分が存在した意味はあると思いたい。

昔の人はいう「持たない子には泣かせられない」と。

幸せはどこにでもある。

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モツ煮

P4060366    2008年4月9日(水)

      けふのうた

花冷えの夕べコトコト煮込む鍋湯気の向こうに若き日浮かぶ

何年ぶりだろうか、突然モツ煮をしてみようと思った。

我が家の食卓の中心には鍋がドンと居座ることが多い。秋から冬はほぼ毎日だ。さすがに春になるとそういう日は減るが、そうなると途端に食卓が寂しくなる。あまりに寂しいと必要がなくても飾りに鍋を持ってくることもある。これも食卓を演出する主婦の技?要するに鍋の存在感で豪華に見せているだけなのだが。

「立派な糖尿病」といわれてからモツ煮は作った記憶がない。かれこれ10年以上は確実に食べていない。

わたしのモツ煮の原点は新採用の職場で出会った同僚Yさんの手料理だ。それまでの母のものは炒めたものだったのだろう、ゴムのような噛み心地が苦手だった。だから煮込みは新鮮だった。独特の臭いを上手に消し、とろけるように柔らかいモツとコクのある汁がとてもおいしくて印象に残った。

今回久しぶりに作るに当たって改めて作り方を教わった。聞く前にすでに材料を小さく切ってしまったものもあってモツ煮というよりビミョウにモツ汁といったほうがいいかも・・・。次回はきちんとしたモツ煮をしてみよう、合宿のようだったあのころを懐かしみながら・・・。

☆マイフォト「ねこやしきの住人」(左サイド最下位)がようやくアップできました。かわいいニャンコが待ってま~す。

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クレソン

P4060370   2008年4月8日(火)

     けふのうた

春の陽に誘われそぞろ歩きゆく山田の水路を埋むるクレソン

この前の日曜日のランチはチャーハンとお皿いっぱいのクレソンサラダ。採り立てのほろ苦さがなんともいえない春の味。

浅間高原に春を告げる食草は芹とクレソンとふきのとう。ふきのとうはたいてい栽培していてなかなか自然にはない。雪国では普通に道端や田んぼの畦にあるが、こちらに来て初めての春、採ってきて人にあげたら「あら?作り蕗ね」といわれビックリ!知らなかったとはいえ人様のものを黙っていただいてきてしまったのだった。

毎年春の野山を歩くがなかなか自然のふきのとうには会えない。だから栽培するのだと納得。自然いっぱいといいながら火山灰地のせいかあまり春の山菜には恵まれない。

地元の人は芹は本芹、クレソンは台湾芹という。芹はゆでなくてはいけないがクレソンはそのままで食べられるのがうれしい。地元の人はこれもゆでて胡麻和えやおひたしで食べる。

もう少し季節が進むと地元の人はあまり食べない木の芽(アケビの芽)が採り放題。ところが昨年の台風であちこちの雑木林が伐られアケビの木自体が減ってしまった。私の春の楽しみがひとつが奪われそうでとても寂しい。

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バイリンガル

P4020363   2008年4月7日(月)

    けふのうた

ユキヤナギの蕾

ふるさとの言葉なつかし甦る父のはにかみ母のほほえみ

TVで信州各地で方言が見直されているという番組を見た。特に飯山の方言を懐かしく聞いた。私は越後魚沼の生まれなので広く見れば飯山と接しているともいえる。だから方言もビミョウに似ている。

信州でもっとも有名な方言は「ずく」。「ずくなし」「ずく出せ」などと今も頻繁に使う。「やる気、根性」というような意味だ。そういえばその昔「こずくなし」という言葉を聞いたような・・・その「ずく」はこれだったんだ。

「水くれ当番」という名のバンドも紹介されていたが「水くれ」とは「水やり」のこと。これも共通する。うれしくなった。

昨年の中学校の同級会の案内状が城内(生まれたところ)方言で書かれていてうれしかった。一部を再現してみよう。

「いっさんこったが、みんな元気でいるろうかのう?5月4日にそう、同級会やるすけのう、みんな集まってくんねかい。幹事一同待ってるすけのう」

訳すと「お久しぶりですが、みんな元気でいますか?5月4日に同級会を行いますので、みんな集まってください。幹事一同待っているからね」

ふるさとに帰るとすぐに方言で話せる私はりっぱなバイリンガル?

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高遠桜

P4150062    2008年4月6日(日)

  けふのうた

舞ひ込みて絵島の手にも触れしやと拾ふひとひら濃き紅桜

日本の半分はもう桜が咲いたらしいが浅間高原はあと2週間は待たなくてはならない。口惜しいので去年の高遠桜のお話。

昨年4月15日映像でしか見たことがなかった高遠桜に初めて会いに行った。前夜、今日が満開というニュースを見てよし明日ということになり翌朝5時に出発。順調だったのは高速道路だけで少し行くと一本道の一般道はほとんど駐車場状態。覚悟はしていたが・・・。

ようやく街に近づいて最後のカーブを曲がったとたん目に飛び込んできたのはまさに桜色に埋め尽くされた高遠の町。思わず声を上げた。あの感動は初めて訪れた人だけに与えられる特権だろうか。今も目に焼きついて離れない。

普段はひっそりとしたかつての城下町も春のこの時だけはにぎやかになる。人も花も温かく迎えてくれて高遠桜の美しさをさらに印象付ける。

少し手を伸ばせば触れるくらいの桜の天蓋の下、見物客はみな少し上向きになり花に酔ったようにうつろな目をしている。みな桜の精にとりつかれたように・・・。人の数はものすごいのに不思議な静寂が城跡を包んでいる気がしたのは私だけだろうか。

江戸時代政争の犠牲者となってここ高遠に幽閉された大奥老女絵島も、竹矢来に囲まれた屋敷に何十回となく訪れた春を、この桜にどれほど慰められたことだろう。

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寿司の思い出

P4020348_2   2008年4月5日(土)

   けふのうた

シュンラン

満腹の目が欲しがりてもうひとつと手を伸ばしたり母のお稲荷

最近休日のランチはお寿司ということが多い。もちろんもっぱら回転寿司だ。

子供のころお寿司といえば巻き寿司とおいなりさん。誕生日、運動会、遠足など特別の日の一番のご馳走だった。いくら食べてもおなかがいっぱいにならなくてついつい手を伸ばしてはあとで苦しんだ。

母の巻き寿司にはデンブや干瓢のほかに胡桃が入っていてこりっとした食感がおいしかった。おいなりさんは例のごとく口が閉まらないほど大きかったからお茶碗にしたらとんでもない量のご飯を食べたはずだ。

初めて寿司屋のカウンターで食べたときはドキドキした。高校を卒業してから担任だった戸田秀一先生が連れて行ってくれたのだ。カウンターで食べるおじさんたちはたしか手で食べていたような・・・だったらやっぱり手で食べなくちゃいけないのかしら?でも女の子だし・・・緊張して何を食べたか皆目覚えていない。大好きだった戸田先生も23年前私が結婚した年の秋に亡くなられた。ちょっぴりせつない寿司の思い出だ。

そういえば最近家でおすしを作らない。巻き寿司はともかくおいなりさんは家で作るほうが断然おいしい。買ったものは油揚げの味が濃すぎるのだ。そのうち砲丸おむすびに次いで久しぶりに母のおいなりさんを再現してみよう。

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入学式

P4020353   2008年4月4日(金)

    けふのうた

  イヌナズナ

吾(あ)を見上ぐ十二の瞳にたじろぎし若き日思ふはるか遠くに

入学入園の季節。親も子も期待と不安を胸に臨む入学式。私の小学校の入学式のことは以前書いたが今回は迎える立場での入学式の思い出。

初めて1年生を担任したのは今から29年前、2校目の後山小学校だった。複式の学校で戸惑いながら臨んだ入学式だった。新入生は3人。男の子1人と女の子2人、かわいかった。保育園生活を経験しない3人にとって幸か不幸か人生最初に出会う先生が私だった。

私も複式の経験がなく一体どうやったら2学年を同時に教えられるか不安を抱えたまま迎えた初日。2年生3人と新入生3人を前にしてその不安は消えた。きらきら輝く12の瞳のなんてきれいだったこと。そしてありがたいことに私が何も言わなくても先輩の2年生がちゃんと1年生の世話をしてくれ、さらに新入生同様の私の世話までしてくれる。それがこの学校の伝統だった。

この学校にいた3年間はほんとに楽しかった。児童17人職員7人、地域も学校を大切に思ってくれる文科省が泣いて喜ぶような学校だった。今なら経費削減で真っ先に統合されそうだが世の中の景気がよかった時期に木造の素敵な校舎に建て替えられ、今は教え子の子供たちが通っている。

昨年夏久しぶりに教え子たちと会う機会があり、みなそれぞれ立派な大人になっていてうれしかった。彼らも初めての先生で印象が深かったのだろう、今も時々メールをくれる。わずか8年の経験だったが教師とはありがたい仕事だとしみじみ思う。

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ピアノ その2

P4020347   2008年4月3日(木)

    けふのうた

母の夢知りて思ひはなほ深く日暮しピアノに向かふ日もあり

今はPCに向かう時間のほうが長いかもしれないが、以前は睡眠に次ぐ時間をピアノに向けていた時期があった。6年前母が亡くなってからその傾向が強くなった気がする。

我が家にピアノが来たのは父のオルガン同様突然だった。22年前新築祝いとしてやってきた。孫に贈るのなら分かるが、まだ孫のまの字もないのにと不思議に思ったが豪勢なお祝いをありがたく戴いた。もちろん父と母からだ。だが最近その真相が分かった。父はそのことをまったく知らなかった。ピアノは母の独断で贈られたものだったのだ。

実家に女の子の孫でもいたらきっと一緒に習ったであろうが二人の内孫は男の子。せめて娘のところに行った時くらい思いっきりピアノが弾きたかったのだろう。だが二人の孫が手を離れたときにはすでに腎臓透析の身となりその夢もついに叶わなかった。

きょうもおはようのあいさつに一曲弾く。ピアノの上の母はいつものように微笑んでいる。

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ピアノ その1

2003sakura060640    2008年4月2日(水)

     けふのうた

母の秘めしピアノの夢は吾()の夢と重なりゐしと長く知らざり

私はピアノが好き。小さいころからの憧れだった。しかし当時はピアノは学校にあるだけでそれも鍵がかかっていて子供が触れてはいけないものだった。田舎にはピアノ教室なんてなかったころだったから音楽の時間に先生が弾くピアノを聴くのが楽しみだった。

私はそんな音楽環境だったのにずっと知らなかったが母はピアノが弾けたのだ。中学校で僅かの間音楽班だったのでバイエルは弾けたらしい。ずっとピアノを弾きたかったのだが「百姓の子がピアノなんて」と親に言われて泣く泣く家庭科班に変わったと大きくなってから聞いた。友達がどんどん上手になってステージで弾くのを見るとうらやましかったとも・・・ピアノ好きは母のDNAだ。

いつのころだったか、ある日突然父がオルガンを買ってきた。ねだった覚えもなかったから・・・あれは今考えると母のために買ったものだったのだ。母は楽譜がなくても平気で弾いていた。もちろん知っている歌だけど。伴奏もアドリブで弾いていたから我が家にはオルガンがあっても楽譜がないという奇妙な状態だった。

初めてバイエルを手にしたのは高校生になってから。ボーイフレンドから借りたものだ。ところが恥ずかしながらそのとき「ヘ音記号」なるものを知らなかった。楽譜どおり弾いているのにどう考えてもおかしな音で挫折。

そのとき彼に「分からないから教えて?」と素直に聞けばよかったのに・・・今も変わらぬ困った性格だ。大学に入ってようやく「ヘ音記号」なるものがあると知りピアノ譜を読めるようになったというおそまつなお話。長くなるのでこのつづきはまた明日。

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4月1日

P3310343   2008年4月1日(火)

  けふのうた

穏やかな時間の中にいささかの悔恨ありて四月一日

「4月1日」といえば?

「エイプリルフール」

ピンポーン!

というより「新年度開始」と答える人のほうが多いかな?

日本人は子供のころから「うそは泥棒のはじまり」といわれ、生真面目な人が多いせいか「うそ」には悪のイメージが強いが、ヨーロッパ特にイギリスなどでは新聞が偽記事を書くくらい「エイプリルフール」を社会全体で楽しむ遊び心がある。もし日本でそんなことをしたら非難轟々だろうし第一新聞社自身がそんなことを考えもしないだろう。これも文化の違いだろう。

仕事をしていたときは4月1日は特別の日だった。新年度が始まり新しい出会いの日であり心機一転の日だった。異動があったときなど期待と不安が入り混じった緊張のなかで迎える日だった。

あの緊張とストレスの日々にはもう心身ともに耐えられないだろうが、仕事のこと以外考えなかった生活もまた懐かしく思われるのも事実だ。あのころから思えば無為徒食?のような毎日を過ごし、いつのまにか二十数年が流れてしまった。

今日から新しい環境で新しい出会いが待っている君に幸あれ!

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