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2008年6月

秀一ちゃん

Bl_17    2008年6月30日(月)

     けふのうた

 夏の陽の煌きおどる魚野川菅笠越しの愛し眼差し

「母校からの便り」に戸田秀一先生に関するコメントをいただいた。先生なくしてわが高校生活は語れない。

秀一ちゃん(みんなそう呼ぶ)は1年と3年の担任だった。入学当時は36,7歳だったかと思う。人懐っこい優しい笑顔にひと目で好きになった。スキー部の顧問でかっこよかったが青い髭剃り跡に菅笠かぶってバイク通勤というユニークなところもあった。

地理の授業もまたユニーク。外国に行って女性の脚ばかり撮ってきたスライドを見せられた覚えがある。あれは何の授業だったのだろう?板書もユニークで書き写すのが大変だったなあ。

雪国では鉄道が止まると休校になるがバスは無関係。1年生の初冬のある朝いくら待ってもバスが来ない。仕方なく雪道を学校まで歩いた。2時間くらい歩いただろうか。当然遅刻したがそのとき先生があの笑顔でとても褒めてくださった。うれしかったなあ。

2年は7組になり残念ながら続けて担任というわけにはいかなかったが秀一ちゃんは8組の担任。毎朝教室の横の廊下で姿が見られ、時折声をかけられるととてもうれしかった。今思えばあれは淡い恋心だったのかもしれない。

3年生では再び担任で楽しい毎日だった。ホームルームでは一人づつ何かをしゃべらなければならなかったが広い世界に出ても物怖じしないようにとの配慮だったのだろう。

私の受験科目が地理だったのは秀一ちゃんの影響大だ。受験のとき「これを2回もやっておけば絶対大丈夫だ!」と分厚いと参考書と問題集を下さった。その言葉を信じて2回やった。信ずるものは救われる?そのおかげで引っかかったのかも。

卒業してからは夏になると「鮎が釣れたから食いに来い」と便りを下さった。なかなか結婚しない私を心配して婿探しもしてくださったらしいが・・・結婚した年の秋先生は亡くなられた。今でも魚野川に釣り人を見ると「秀一ちゃ~ん」と呼んでみたくなる。

★写真は魚野川の鮎つり風景

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女の薬指

P6020756    2008年6月29日(日)

 

                         けふのうた

いささかの悔恨ありぬ若き日に 時の流れに身を任す今

先日TVで男性と女性では人差し指と薬指の長さが違うといっていた。たいてい男性は薬指のほうが長く女性は同じ人が多いという。私は?と見ると「ええっ?薬指のほうが断然長い。やっぱり!」と妙に納得した。

私は子供のころ男に生まれればよかったと無意識に感じていたように思う。長じて社会の仕組みを知れば知るほど女は損だなあと思うようになった。男と女に能力の差はないはずなのにあまりにも女が認められていないという思いが男女平等を原則とする仕事に向かわせたのかもしれない。

職場では男女差を感じることはあまりなかったがこのままだと独身かな?とはひそかに思った。行動より頭だけで考えるビミョーに完ぺき癖のある私は家庭と仕事の両立をやる前から無理だと思ってしまった。先輩や友達の中には仕事をしながらちゃんと子育てしているお手本もあったが、「うちなんてぶちゃりっ子よ(ほったらかしの子)」と自嘲気味にいうのを聞くと、みんな切ない思いをしながら働いているんだなあ偉いなあ、でも私には無理だろうなあと思ってしまった。

そんな時百恵ちゃんが人気絶頂の最中引退した。なぜかそれは私の中で大きく作用した。今まで一度も考えたことがなかった「家に入ってきちんと子育てすること」を意識するようになった。

あれやこれやで今こうしているがあの時の決断は「子供がいる」という前提で成立することだった。「子育て」ならぬ「ねこ育て」になるとはまったくの想定外だった。

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どくだみの花

P6261022    2008年6月28日(土)

      けふのうた

日盛りに滴る汗をぬぐひつつ薬草採りしもわが1ページ

どくだみの花が咲いた。子供のころはその葉っぱの臭さに敬遠したが今は薄闇の中にくっきりと浮かぶ白十文字の花が大好きだ。

今我が家に咲くどくだみは実家から持ってきた。この辺りには自生しているのを見かけない。はじめのうちは喜んで眺めていたが、そのうち増えて増えてほかの花が消えていきそうになり、心ならずも増殖を制限する羽目に。制約を好まないものは我が家の敷地を抜け出し縁石の隙間でかろうじて自由を謳歌している。

どくだみには中学生の夏休みの思い出が重なる。城内中では生徒会活動資金調達のための薬草採集があった。蓬は乾燥して3キロ、どくだみ,ゲンノショウコなら1キロ。蓬は野っぱらのどこにでもあるがいっぱい採らなければならない。ほかの二つはそうたくさんはないが少しで済む。どちらにするか迷うところだが結局採取しやすい蓬にした。

半端じゃない魚沼の夏の蒸し暑さの中、いくら採りやすいとはいえ生だとどのくらいの量を採っただろうか。乾燥の10倍ではすまないような・・・葉をむしっては筵に広げ、干してはまた広げと3キロになるまでは結構な作業だった。

時代は流れいつしか本来の意義は忘れられ親が子供の肩代わりをするようになって活動はなくなったとか。

草薮で汗にまみれかすり傷を作りながらの薬草採集はひりひりする痛痒さとともに懐かしく思い出される。

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遺品

P6251018    2008年6月27日(金)

      けふのうた

「おはよう」に応えてくれしたんちゃんのまん丸眼(まなこ)今朝よりはなし

25日の明け方星になった「たんちゃん」の遺品を整理した。まずはリビングの1/8を占めていたケージの片付け。

防水シートの上に茣蓙、その上に新聞紙大のペットシーツ、そのまた上に半紙大のペットシーツ,最後に何枚もの新聞紙、なんと5層。さすが用意周到の夫の仕事。片付けは結構大変だった。

大きなケージの中にまだ元気だったころ寝ていたベッドのケージがありその中をお掃除。紙おむつ、消臭スプレー、おしっこシーツ・・・たんちゃんは物持ちだったねえ。最後にタオル類をいっぱい洗濯して7年の介護生活にピリオドを打った。

ベッド用ケージの中に整理した紙おむつやタオル類を入れ、たんちゃんの思い出のよすがにそのまましばらくは置いておくことにした。

夕方夫の帰宅後お隣の奥さんも参列してくださって埋葬した。お友達が届けてくれたかわいい花束と庭に咲くマーガレット、バラ、千鳥草に包まれ、去年の4月にお星さんになったお母さんの傍らで永遠の眠りについた。

天国では後ろ足も元通りになってお母さんと楽しく遊んでいることだろう。「たんちゃ~ん、ママはまだ涙が止まらないよう~~」

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たんちゃんの星

P6241003      2008年6月26日(木)

      けふのうた

梅雨空にひと日命の夏椿はらと零(こぼ)れり白清(すが)やかに

たんちゃんがとうとう逝ってしまった。もう水も受け付けなくなってしまっていよいよ最期と覚悟した。

おとといの夜はどこにそんな力があるのか歩いて玄関ドアの前に行った。元気な時でも外に連れて行こうものなら怖がってしがみついたのに、その夜は強い雨の中へ自力で這っていこうとする。それも3回も・・・きっと猫の習性で無意識に死に場所を求めていたのだろう。

昨晩は一人で寝かせているのが不安で傍に横になった。たんちゃんの匂いのついた毛布に包まってうつらうつらしていると、突然むくっと起き上がって私の腕の中に入ってくるではないか。元気なときも私が昼寝をするとよくそうしたものだった。

腕に抱いていると私の体温でたんちゃんの冷えた体がポーッと温まり、それまで死が近いことを語るようにこわばっていた毛が心なしか柔らかくふわっと立ってきたような・・・。

そのままうつらうつらしていると天井に新聞屋さんのライトが走り目覚めると同時にたんちゃんが「ウーッ、ウーッ」とふた声鳴いて事切れた。時計を見たら3時55分だった。

最期の声は「パパ~ママ~」だったのだろうか。

今日から明けの明星は「たんちゃんの星」。

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イメチェン

P6080836   2008年6月25日(水)

      けふのうた

年どしに色鮮やかに咲き誇るくれなゐの薔薇羨(とも)しみて見る

4ヶ月ぶりに美容院に行った。今月末には1年ぶりに会うお友達とちょっとリッチなリゾートライフを楽しもうということになっているので、まずはぼうぼうとした髪をすっきりすることにして、ついでに長らくのストレートヘアーからイメチェンも図ろうかしら?

朝一の9時に予約して先生と相談。先生いわく「この長さでパーマをかけるとどうしても少し落ち着いた(老けたとはいわなかった)感じにはなりますよね」

「そうですか、やっぱり。これ以上オバサンらしくなってもねえ・・・」

ということで結局パーマは取りやめ、いつもどおりのカットとカラーに。せめて少しは変えようとカラーを先回より1段明るくすることにした。

週刊誌のヨン様の記事を読みながら「太王四神記」の話題に盛り上がりながら後はお任せ。

カットした分すっきりとしたがカラーもそれほど大きな変化なし。これではまた黙っていたら帰ってきた夫には気付かれることはないだろうというほどで1万円也。

帰ってきてこの際とばかりにデジカメで自分の写真を撮りまくった。しかし悲しいかな改めて確実に年齢を重ねたことを確認しただけ。やっぱり遺影用の写真は照明完備の写真館でプロに撮ってもらわなくちゃだめかなあ?

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乳房外来

P6230934     2008年6月24日(火)

          けふのうた

胸内に秘めたる想ひ探るがに乳房に触るる超音波機器

きのう半年振り、正確には8カ月ぶりに乳房外来を受診した。先回まではしばらく年に1回の受診だったが少し変化があるというので半年振りだった。

今回は友達と同じ時間に予約して一緒に出かけた。受付してしばらくすると二人とも呼ばれ、私はエコーだけだったが友達はマンモも受けるようにということだった。

マンモは痛い。胸の大きな人はあるなりに、ない人もそれなりに定められた線まで届くようにオッパイをできるだけ押しつぶして薄くしレントゲンを撮るのだ。

私も2度受けたが最初の痛さに比べると痛みを知ってからの2回目はひとしお痛かった。これが男性器ならきっと失神するだろう。

今回はパスできてホッ。その点エコー検査はお気楽だ。何の苦痛もなくただ横になっていればいいだけだから。

ところが今回は検査技師が何度も「少しお待ちください」と言っては写真を持って部屋を出て行く。「おいお~い、なんか異常があんの?」と聞きたいのをじっと我慢して写真を受け取って診察を待った。

先生の「特に異常はないですね。では1年後に」という言葉に拍子抜け。エッ?だったら彼女のあの紛らわしい行動は何だったの~?兎にも角にも何もなかったのだからまあよしとしよう。

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ジャガイモの花

P6130856    2008年6月23日(月)

      けふのうた

梅雨晴れの畑吹く風に凛と咲く淡き紫じゃがいもの花

今年は「国際いも年(正確にはジャガイモ年)」だとか。ジャガイモをもっと見直して直面する食糧、環境問題を考えようということらしい。日本ではほかの芋にも配慮して(さすが気配り?)「いも年」としたらしいが。今までのお堅い「国際○○年」に比べるとユニークだがちょっと緊迫感には欠けるかな?

ジャガイモは今ではもっぱら芋だけが注目されるがちょっとひねくれもんの私は花が好きだ。芋の種類によって花の形も微妙に異なり色も白に近いものから濃い紫まで多様だ。

昔ジャガイモの花はヨーロッパの貴婦人たちに愛されマリーアントアネットの胸元も飾ったとか。アンデス原産だからヨーロッパでは珍しかったのだろう。

その後改良されどんな土地でも収穫できることから「花よりお芋」となって花は観賞の対象からはずされてしまった。こんなにきれいな花なのに・・・。

畑一面ずらっと一直線に並んで咲くうす紫の花は美しいものだ。北海道の丘陵地なんか素敵だろうなあ。我が家の山の畑もそろそろ咲いているだろう。鹿さん花を食べないでね。

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永遠の恋

P6200931     2008年6月22日(日)

        けふのうた

口に出せばその瞬間に酸化する恋という名の純正物質

「6月の花嫁は幸せになれる」というヨーロッパのことわざを真に受けて気候も違う日本の梅雨の最中に肌寒い高原で結婚式をするカップルもいる。まあそれはそれで「いいじゃないの幸せならば」だが、きのうの朝日新聞の「若者向け人生相談」にちょっと面白い回答があって妙に納得した。

15歳の女子高生が独身の先生を好きになった。先生と生徒という関係上すぐにはお付き合いもできないだろうし、卒業までに先生が異動したらどうしようと本気で悩んでいるというもの。

その回答がいい。その恋を「永遠の恋」にしましょう。そのためには「胸に秘めること」。そうすれば80才になっても先生を思うだけで15才に戻れると。

「忍ぶ恋」・・・なんて新鮮な響き。昨今は表現することばかりが重要視され「忍ぶ」という一見消極的な行為は死語になったかに見える。しかし想いを内に秘めることによっていっそう恋のエネルギーは増幅され大きな力を持つようになるということもある。

私の好きな歌人「式子内親王」は法然への「忍ぶ恋」を謳い上げて「永遠の恋」を得た。私にもまだそんな恋に遭遇する可能性はゼロではないはずだ・・・ひそかな願望をこめて思う。

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たんちゃん延命作戦

P6180920    2008年6月21日(土)

      けふのうた

静かなれば生きてゐるかと覗き込みつぶらな眼(まなこ)に胸なでおろす

数日前からたんちゃんが急激に衰弱してきた。たんちゃんは1歳前に交通事故に遭い九死に一生を得たが背骨を折ったため後ろ足が立たなくなり普通に歩けなくなった。内臓も強く打ったため長生きは望めないとは覚悟していたがもうすぐ8歳になろうとしている。

7年間下の世話をしていると赤ちゃん3人の世話をした計算だがまさに我が家の赤ちゃんだ。今年から改良パンパースでずいぶん世話も楽になったがそれまでは1日何回も取り替えるシーツの洗濯が日課だった。

固形物をまったく食べなくなり水も自力では飲めないとなると一気に体温が下がり、このままお星さんになっちゃうんじゃないかと心配した。去年のおっかちゃんの切ない経験から病院には連れて行かず家で最期を看取ってやることにした。

まずはカロリー補給にハチミツジュースを飲ませた。そのあと重湯とハチミツを混ぜて注射器で飲ませている。

そのせいか少し元気が出てきたようだ。目もしっかりして話しかけると反応するようになった。まだまだ安心はできないが差し迫った事態は脱却したようでほっとしている。

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里山の人

P6190923    2008年6月20日(金)

  

クサフジ         けふのうた

山の子のわれ野を行けば山好きの風となりたる母も寄り添ふ

昨日は朝のニュースでNY株が大幅下げというし、午後からの降水確率も60%というので午前中に久しぶり?に蕨採りに出かけた。

株の暴落と浅間山方面の蕨採りは危険な相関関係(草刈機事件)があるので今回は1週間ぶりに湯川沿いに行った。晴天続きで程よく伸びていてたくさん採れた。

「山のものは採ってきたらすぐに処理しないと山に帰る」と母に言われていたので長さと質を揃えて束ね木の灰を振って熱湯をかければおしまい。蕨はぜんまいと比べると後が簡単だ。

「森の人」とはオランウータンの別称だが「街の人」と「山の人」に分けるとしたら私は100パーセント「山の人」だ。もっと詳しく分類すれば「高山の人」ではなく「里山の人」。

保育園に行かなかった私には野山が保育園だった。そのせいか今も人工的なものにはあまり興味がない。

母は田んぼ仕事で疲れているはずなのに「山が呼んでるすけ」といっては朝早くや昼休みに山菜採りに行っていた。これも完全に母のDNAだ。

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ブログ5ヶ月

P6150907    2008年6月19日(木)

      けふのうた

濃き紅の小花集へる京鹿の子耳そばだてておしゃべり聴かむ

今日で「ねこやしき」は5ヶ月。この1ヶ月の間にもあらたに訪問してくださる方ができ、こんなオバサンの発信を受け止めてくださる方が少しづつでも広がっていることがうれしい。

いつもは10人も訪れてくだされば大満足だが時折その倍も訪問者があるのはきまって有名人(ユンディ・リ、小沢征爾、ヨン様 )を話題にしたとき。さすがといおうかやっぱりといおうか。

またふるさと「魚沼」のことにも心を寄せてくださる方がいて思わぬコメントをいただきうれしかった。

午前0時にアップするようにしているのでどうしてもその前に再度見直してしまい寝るのが遅くなるのが困るところだが、私の今の生活はブログ中心にまわっている。

先月に次いでまたしても今度は日本で大地震。その東北地方も今日あたり梅雨に入るらしい。二次災害が起きないことを祈るばかりだ。そちらも心配だが我が家ではここ数日間で急激に弱ってきたねこやしきのアイドルたんちゃんが気がかりな日々だ。

皆様も体調にお気をつけて明日からの再びのご訪問をお待ち申し上げておりま~す。

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たぬさん

P6160908     2008年6月18日(水)

       

 スイカズラ        けふのうた

金銀花の甘き香りの濃き薄き風吹き渡る梅雨晴れの野を

我が家には3匹の猫がいるが最近新しい猫がベランダまで来ている。灰色のボワッとした毛並みの子だ。私はひそかに「たぬさん」と呼んでいる。ちょっぴりさびしそうな目をして窓越しに中をのぞく。

みんなが出入りする窓の下まで来るのだが今のところはなぴーが頑として拒否している。彼女は以前たんちゃんたちが来たときのつらい経験から新しい子を拒否しているのだろう。

その点おにいちゃんは寛容といおうか何と言おうか・・・普通は縄張りを持っているオスは外敵と戦うと思うのだが玉を抜かれたおにいちゃんは甘えん坊でやさしい。ただうるさく要求しないところはやはりオスだ。

最近ようやく、はなぴー、おにいちゃん、たんちゃんが同じ空間にいる時間ができてきた。ここまで来るのに6年かかった。以前はおにいちゃんがくればはなぴーが出て行く、またはその逆というのがしょっちゅうだったが二人とも成長したなあと思う。

もし将来たぬさんが家に入ってくるようなことになればまたひと悶着は覚悟しなければならない。まだ野良なのか飼い猫なのかもはっきりしないのだから心配もないわけだが・・・なんとなく気にかかる。

気にかかるといえばここ数日でたんちゃんが急に弱ってきた。好物の海苔や煮干も食べない。高カロリーのハチミツを手でなめさせる状態。星になった子供たちも最後はそうだったなあ。

スイカズラのことを中国では金銀花(ジンインフア)という。

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母校からの便り

P6130870     2008年6月17日(火) 

          

ガマズミの花          けふのうた

数知れぬ青春の日々刻みたる木造校舎ただ懐かしき

先日母校六高(六日町高校)から同窓会報と会費納入の通知が来た。毎年この便りが来るたびに高校時代を思いだす。

S・45年入学。前年の東大安田講堂事件を頂点とした学生運動の名残で入学式の校門でビラが配られ、ボーッとした田舎の中学生はこれからの高校生活にビミョーな緊張感を覚えた記憶がある。

3年生の教室は窓を上下に開閉する歴史を感じさせる木造校舎で教室の後ろまでびっしりという人数だった。(進路の関係で1クラスの人数が多かった)

入学当初陸上部に入ったが帰りのバスの時間やら2人しかいない女子部員の1人が辞めるやらで結局1学期途中で辞めてしまった。続けていたら体育系の大学だったかな?その後はなぜか華道部。(たまたま教室を華道部が使っていたという理由のみ)

進路が決まっていない者はとりあえず「新潟大学教育学部と書いておけ」といわれた模擬試験の志望校をそのまま受験したが、そんなヤツはいらんと拒否され、入れてくれるという大学に入って就職・・・と書いてくるとなんだかナサケ~イ感じ。

でもその間には胸ときめかす恋もしたし、大好きな担任戸田秀一先生のクラスは楽しかったし、学校生活はそれなりに充実していた。

今も行われているのだろうか。3年生の夏休みの「上の原ユース」での受験合宿も同窓会費から出ていたのだろう。今年も後輩のためにささやかながら会費を納めてきた。

そういえば校舎の前からグラウンドにかけて並んでいた大木、山岳部が岩登りの練習なんかしていたが、あれは何の木だったんだろう。

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ヨン様弁当

P6150906     2008年6月16日(月)

       けふのうた

山菜のお浸しばかり続く身に少し重たきヨン様の味

最近日曜日は冷蔵庫整理というサイクルになって昨日のランチはウィンナーオムライス。食後のコーヒーを飲んでいると突然ひらめいた。「今日ってドリームジャンボの抽選日じゃない!?」

イエイエとんだ勘違い。それは明日。きのうはヨン様弁当(正しくはペ・ヨンジュンプロデュース「高矢禮(ゴシレ)弁当」)の受取日。先月予約して楽しみにしていたはずなのに、あまりに時間が経ったせいか肝心の15日11時の受け取りをすっかり忘れてしまった。

お昼のつもりで予約したがこうなったら夕食にしようとそのままにしていたら3時過ぎにセブンイレブンからTEL.。あちらだって心配するよねえ、2500円もするお弁当を受け取りに来なかったら。

買い物ついでに受け取りに行きさっそく撮影。ふたを開けるとプーンとごま油のいい香り。

★ガンジョン・・・揚げ物を薬味や甘めのソースであえたもの

★ジョン・・・・・・素材に小麦粉と卵を着けて1品ずつ焼いたもの。

         チヂミの原点

★ソン・・・・・・・・蒸して形を整え、装飾を施したもの

という韓国の伝統的な調理法で調理されたおかずに雑穀ご飯、薬飯などがぎっしり。ヨン様の笑顔を思いつつおいしくいただいた。だが普段油抜きの料理に慣れた体にはちょっぴり重かったかな?ヨン様ごめんなさ~い。

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登山

P6140899      2008年6月15日(日)

      

石尊山より浅間山頂を望む    けふのうた

石尊の全山潤す雨のごとエゾハルゼミの声かまびすし

昨日は第2回子供自然探検隊だった。今回は1667.7メートルの石尊山(せきそんさん)登山。今までは5月に登っていたが1、2年生が多いこともあって今年は6月となった。

例年より1週間早い入梅に天候を心配したが幸い晴天。5月ではまだ芽吹きの木々も少ないがこの季節は石尊山全体が緑に包まれ、草木がまったくない赤茶けた浅間山頂との対比がくっきりと美しい。地にはハルリンドウ、イワカガミ、レンゲツツジが、空からは、オオルリ、鶯、ハルゼミのにぎやかな声が降ってくる。

今回はがんばって山に登るという他に濁川の源泉を探るという目的があった。濁川はその名のとおり常時茶色の水が流れている。途中「血の滝」で茶色の水が轟々と落ちる景色を見て30分ほど登ると源泉に着く。

一見普通の水のような澄んだ源泉水を飲み、そのえもいわれぬ味(砂糖の入らない炭酸水)を自分の舌で味わい、源泉と「血の滝」との色の違いを確認してその水が下流の田を潤していることも学ぶ。

さわやかな風に吹かれ眼下にふるさとを望みつつ食べるおむすびの味は最高だ。この子達が大人になっても必ずや心に残る風景だろう。

帰ってきてびっくり!岩手・宮城内陸地震など知らずに登っていたが石尊山は活火山浅間山の一部なのだ。

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会話

P5310753     2008年6月14日(土)

     

思案するたんちゃん     けふのうた

猫とても侮るなかれ簡単な外国語ならお話できる

我が家は人間2人猫3匹の家族だが時々多言語が飛び交う。主に日本語と猫語、時に中国語と韓国語と英語。猫語以外は私が発しているのだが。

せっかく勉強した外国語も使わないとすぐに忘れてしまう。かといって話す相手もいないから自然独り言のようになってしまう。それもつまらないなあと思って見渡しても猫しかいない。当然猫に話しかけることになる。

猫といえどもこれでなかなか役に立つ。特にたんちゃんは間髪を入れず返事をしてくれるのでちゃんと会話成立。

たんちゃん  「にゃー!」

私 (中国語)「ni  yao shenme?」(何かほし         いの?)

たんちゃん  「ニャーアッ、ニャーアッ」

私       「ni yao  gan zi cai  me?」(海         苔がほしいの?                  

たんちゃん  「にゃぁ」

私(ハングル)「アラッソヨ、アラッソヨ。 ヨギ          イッソヨ。オッテヨ?

         キー マシッソヨ?」

         (分かった、わかった。はいど         うぞ。どう?海苔おいしい?)

たんちゃん  「にゃん!」

こんな感じで時折猫たちと会話している。よく役に立たない例えに使われる猫だがうちの子は例外(親バカ)?

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野ばら

P6130863_2       2008年6月13日(金)

            けふのうた

野をゆけば君と歌ひし野ばら咲きあの日に誘ふ甘く香りて

浅間高原の野原は今野ばらが満開。たいていは白だが発見しました「くれなゐ匂ふ」と歌われた紅い(ピンク)野ばら。

お店で見たことがあったので園芸種とばかり思っていたが野生種だったのね。それもたった一株、あとはみ~んな白。大発見したみたいでうれしくなった。やはり「思い出ぐさに手折りてゆかん・・・」という気になる。

昨日は午後から雨も上がり陽が差してきたのでむずむずしてやっぱり蕨採りに行っちゃった。そろそろ食料もなくなりかけてきたので補給しなくちゃならないしね。この時期蕨は我が家の貴重な野菜のひとつなのだ。

なんだか野ばらとは関係ない話になったが蕨採りに行って「くれなゐの野ばら」に会ったんだから・・・。

童は見たり野なかの薔薇・・・原語で歌える唯一のドイツ語の歌、そして君と歌った思い出の歌。

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コンサート

2008011516183601    2008年6月12日(木)

      けふのうた

き交はす鳥のさえずり響かせて森は大きなコンサートホール

昨日午後軽井沢のレストラン「こどう」でピアノの先生とお友達のフルートのコンサートがあった。普段もっぱらGパンの私もこんなときくらいはとヒラヒラするスカートでちょっぴりおしゃれして出かけた。

駐車場の心配があったので少し早めに出かけ、レストランの裏手の森を散策した。バイパスからそれほど離れてはいないのに小鳥のさえずりしか聞こえない森の別荘地は軽井沢ならでは。日向は暑いほどだったがひんやりとした空気はまるで別世界だ。

演奏者の二人は4年前に知り合い意気投合。見かけによらずガッツのある先生の熱心な誘いで月2回の練習が始まったそうだ。音楽という共通点のほかに人間的にもお互いを認め合う二人の演奏は回を重ねるごとに呼吸が合い素敵になっている。

クラシックからジャズ、ポピュラー、映画音楽まで幅広いジャンルであっという間に楽しい時間は過ぎた。

帰ってくれば猫3匹の待つ現実。今晩の夕食はなんとなく普段の和風の気分ではないのでカレーを作りながらたんちゃんの4日分のおしめ製作にいそしんだ。久々の至福の時間だった。

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魚沼さん

P6040806     2008年6月11日(水)

      けふのうた

ふるさとを思ひ起こする名前なりどなたにあらむ「魚沼太郎」

「ねこやしき」をよく訪れてくださる方はわたしが越後魚沼の生まれだとお分かりのことだろう。ふるさとより浅間高原に住む時間のほうが長くなったが、私の基本は魚沼で培われた。

子供のころは雪深い田舎とばかり思っていたのに帰るたびに母のように包んでくれる柔らかな空気に心和む。ここも自然豊かでいいところだがふるさとの空気とはやはり違う。

ところで、恥ずかしながら最近ようやくブログに返事を書くところをみつけた。お友達が楽天ブログでコメントをくれる人と楽しそうにやり取りしているのを見て、うちのには何でそういうのがないんだろうと思っていた。ないはずないじゃないの!形式は少し違うがありました。

今まで個人的にわかる方には別メールで返事を書いていたが、どなたかわからない方には心苦しく思っていた。

「魚沼太郎さ~ん」4月23日に素敵なコメントを下さったのにお返事を書か(け)ずごめんなさい。遅ればせながらお返事書きました。もしよかったらもう一度コメントくださ~い。

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5日間お一人様コース

P6040794    2008年6月10日(火)

       けふのうた

初めての短歌は君とアカシアを詠ひしことを思ひ起こせり

4ヶ月ぶりのお一人様生活。今回は少し短く今週いっぱい。よく寂しいでしょう?ときかれるがそれはナイナイ。以前はそれとない解放感があったが最近はそれもあまり感じない。まあ家事の手抜きをとがめる目がないという解放感は多少・・・.ということは普段から解放されっぱなし?

イエイエそんなことはないはず?私とてそれなりに気を使っている?ハズだ。もともとあまり家事が好きとか得意ということではないので縛りがなくなればすぐにダラケる。真っ先は掃除。来客がなければ我慢の限界までやらない恐れあり。

ご飯も手を抜く。これが一番自分でも困ることになる。今のところ作り置きがあるので大丈夫だが土曜日まではもたないだろうなあ。

朝ゆっくり寝ていられるのが1番かな?(年のせいか以前のようにチョー遅くまで寝ていられないが)2番は決められた時間に何かをしなければならないということがないこと。3・4がなくてアレ?思い浮かばない。やっぱり普段からかなりお気楽だあ~。

困ることは結構ある。庭と畑の管理、ごみの処理、猫の体調管理その他生活のこまごましたこと。見えないところで守られている?

結論・・・「お一人は寂しくないがチト不便」。期間限定だからこんなお気楽でいられるのだろうが、タイで慣れない仕事をする夫に感謝。珍しく昨日は出発と到着の電話があった。あちらも心境に変化あり?

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アフリカのタコ

P6020761_2      2008年6月9日(月)

          けふのうた

青春の小さきつまづき懐かしく思い起こせり三十年すぎ

土曜日の晩NHKの「SAVE ・THE・ FUTURE」という番組を見ていたら突然教育実習の社会科の授業を思い出した。ブログを書くようになってよくこんな風に突然遠い記憶がよみがえるようになった。

実習でのほかの授業の記憶はないのにこれだけ覚えているのは、教材選びに悩んだからだろう。テーマは「日本と世界のかかわり」というようなことだった気がする。(このあたりはどうも曖昧)

授業は落語に似ている。枕に何を持ってきて子供たちの気持ちをつかむかはある意味では授業成否の鍵を握る。

そのつかみの教材に悩んだ末二つのりんごを用意した。ひとつは普通のりんご、もうひとつは「世界一」という巨大りんご。でも何でりんごだったんだろう?

最初に提示した二つのりんごはその大きさの違いで子供たちの気持ちをぐっとつかんだという気はするが、その後の流れにどうつながったのかは今では忘却の彼方だ。

その後の展開の教材として用意したのがタコ。それがなんとアフリカ・モロッコ産だった。そのころは今のように産地が話題になることもなかったので子供たちはびっくり!実はこのタコこそが世界との関わりというテーマにはぴったりの教材だったのだ。

いっそ導入で私がタコを食べるパフォーマンスでもやったほうがもっと面白く子供たちをひきつけて授業は成功したのかもしれない。今頃気づいても遅いけどね。あの時の子供たちももう40歳を過ぎているはずだが、だ~れもあの授業は覚えていないだろうなあ・・・。

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天の網

P6020766    2008年6月8日(日)

       けふのうた

梅雨晴れの空のごとくにぼんやりと心にかかる淡き哀しみ

「天網恢恢疎にして漏らさず」

霞ヶ関の「居酒屋タクシー」のニュースに思わず口をついて出た。

私は以前公園の駐車場で人の車をこすってしまった。いつもは必ずバックで入れるのにその日はあまりに空いていたので魔が差したのか頭から入れた。いざ出ようとして大きくハンドルを切ったはずみに反対側の車のバンパーに触れてしまったのだ。それもよりによってベ・ン・ツ。

そういえばこのベンツ前日も止まっていた。何かいわくありそうだと思ったがとにかく連絡をとるメモをフロントガラスに挟んでおいた。しかし変な人にメモを悪用される心配もあると思い警察に連絡して持ち主を探してもらった。しばらくして連絡がとれ無事保険で修理してもらった。でもやっぱりちょっといわくがあったそうだ。ホッ!

そのことを人に話すとたいていの人が「まあ~よくだにぃ~そんなの黙ってそのままにしておけばいいのに・・・」との反応。

「エッ!」

そういえばつい最近の草刈機事件のときも同じ反応だった。

「エエッ?」

以前私はスーパーでこすられっぱなしだったしなあ・・・今はこれが世間の常識なのかなあ?

だが「天知る 地知る 己知る」だ。

★よくだにぃ・・・信州佐久地方の方言でもともとは賞賛の言葉。場合によってはビミョーに皮肉を込めたほめ言葉?(私の感覚では)

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野アザミ

P6040783        2008年6月7日(土)

              けふのうた

風に揺るる紅き野アザミ遠き日の汗もさやけき母の面影

蕨採りをしながら初夏の風に吹かれて野山をさまようとアザミの花に出会う。

草を刈る人も心ある人はちゃんと残しておいてくれるのがまたうれしい。ひときわ高く伸びた先についた花が「夏の日差しになんて負けないわ」といわんばかりに鮮やかな紅色の光線を放っている。そこに蝶でも止まっていれば一幅の絵画。

アザミを見ると思い出すのはなぜか冬の食卓、アザミのきんぴら。数回食べた記憶しかないが、おいしくてこれなあに?と聞いた覚えがある。母はアザミの茎の柔らかいのを漬けておいて冬の保存食にしたのだろう。

母はいつごろ摘んでどんな処理をしたのか聞きもしなかったのが今は悔やまれる。どなたかご存知の方は教えてください。

料理にこめられた心遣いも考えず、ただうまいうまいと食べていた愚かな娘はアザミの花を見るたびに切なく母を想う。

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田植え

P6040776         2008年6月6日(金)

               けふのうた

工場のごと整然と並ぶ圃場には人影もなく風吹き渡る

今年は平年より1週間早い梅雨入りとかで朝からなんとなく元気の出ない空模様だ。

子供のころは今頃が田植えだった。雪解けの遅い魚沼は田植えも遅くなるので田植えが早く済んだ蒲原平野から勢子に来てくれたことを覚えている。

おばさんが2.3人来てもちろん泊まって手伝ってくれた。そうなると母は田んぼ仕事どころではなく、来てくれた人の食事の用意にてんてこ舞いだったが、ご馳走が出るので子供心にうれしかった。

そのころはまだ田植え機もなく1本1本手で植える、人手だけが唯一の手段だった。おばさんたちはさすが蒲原の農家、我が家の何倍もの田んぼを植えているのだからとにかく仕事が速い。機械のごとく疲れも見せずひたすら植えていく。仕事が終わればお客様のように接待して昼間の労をねぎらった。

昔の田植えは仕事はきつかったが今より楽しかった。どの田にも人がいて腰を伸ばしては隣の田んぼの人と冗談を言いあったり、休憩時間には畦でおやつを食べたりで子供にはハイキングのような気分でもあった。

「今は休日以外はトラクターがぽつんと一人動いているさびしい風景だよ」と米作り専業の弟は言う。あの田植えの賑わいはもはやなつかしい昔話になった。

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草刈機事件

P6040797    2008年6月5日(木)

      けふのうた

藪陰に小首かしげてわれを待つ蕨摘みゆく梅雨晴れの午後

先月「Wパンチ」で書いた「草刈機踏んづけ事件」のその後。

5月21日の蕨採りでのハプニングは幸い草刈機の持ち手の片方が折れただけだったので、部品交換で修理できそうだというお話でほっとした。だがかれこれ2週間になろうというのに音沙汰なく気にかかっていた。

そんな折電話がきた。無事修理が終わり、修理代は安かったので結構ということだったが、「ハイありがとうございます」では私の信条にもとるのできちんとお支払いして無事解決した。

その帰り道歩きながら何気なく見た藪の中に蕨の姿。入っていくとあるわあるわ。両手いっぱいになるほど採れた。こんなこともあるんだねえ。蕨採りでの失敗は蕨が癒してくれた。

あの日は株が暴落して気分転換に出かけたのにあんなことになっってしまった。昨日は予想外に株価が上がり、ささやかながら利益も出たうえ事件も解決。蕨のご褒美もあってめでたしめでたし~の1日だった。

よい日、悪い日、普通の日、飽きない毎日だ。

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チェロ

P5270745    2008年6月4日(木)

      けふのうた

若き日のわが悩み知るセロなれば若きピアニスト慰めまほし

先月末チェロが正式に私の手を離れ旅立った。25年前仕事のために買ったものだが私の人生をも変える物となった。

最後の学校となった長岡市立千手小学校に赴任したのは27歳の時。ここは当時中学の部活動のようなものが教育課程に組み込まれていて4年生以上は体育系、音楽系のどこかに所属する。

1年目は一応経験のある合唱部の副任となった。ところが翌年突然器楽部に配置転換。それも指揮棒を振らなければならなくなった。器楽部は過去優秀な成績を収めてきた部でそれから私のストレスフルな日々が始まった。

バイオリン・ビオラを鍵盤楽器に置き換えたオーケストラなのに私の楽器の経験といえば子供のころのハーモニカとリコーダー、大学に入ってからのクラシックギターとピアノのみ。これでは指導もママならない。まずはまったく経験のないチェロの教室に通ったが当たり前ながらなかなかすぐには上達しない。

しかし伝統とはありがたいもの。先輩から後輩へと自然と演奏技術は伝えられ楽器素人の私の指揮でも2年目に県知事賞を頂いた。

それでふっと気が抜けたのか、たまたま来た見合い話に乗って今ここにいる。以来まったくといっていいほど弾かず、もはや調弦すら忘れてしまった。

そんなかわいそうなチェロは9月からアメリカの大学院のピアノ科に進む娘さんへお祝いとして贈ることにした。きっとチェロも喜んでいるだろう。

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母の遺言

P5270739    2008年6月3日(火)

      

シロミミナグサ       けふのうた

いまさらに母の言葉が胸に沁む一度でいいから叱りに来てよ

たまにお天気がいいのに一歩も外に出ない(出られない)日がある。それは母の遺言にそむかぬため。遺言で外出できない・・・?

私は20代のころ、仕事にかまけて若い娘らしいおしゃれをしなかった。もともとそういうタイプではないが、仕事柄ジャージに運動靴(死語)、化粧気もない娘を見かねて母いわく「女は三十過ぎたらスッピンで外に出るな」と。

そういう本人は[それでお化粧しているの?]というほどの薄化粧。もともと色白なので必要もなかったのだが・・・。不幸にも父に似た私はするとしないとでは天と地ほどの差がある。よく言えば化粧栄え?するってことだけどね。たまにばっちり化粧すると「少し濃すぎるんじゃないかい?」とのたまう。「したかどうかわからないような化粧ならしなくても同じじゃないの!」と屁理屈をこねながらも、「三十過ぎたら・・・」は心に残った。

母は娘に「きちんと身だしなみを整え、他人様に不快な思いをさせないように」という心構えを言ったのだろう。スッピンでいられる若さはあっという間に過ぎ、「素顔は世の迷惑」というオバサンになった。年をとればとるほど少し派手目にしないとくすんで見える。明るい色を身につけきれいにお化粧して、せめて口紅くらいは忘れないようにしたいもの。読者諸姉にはいらぬおせっかいでしょうが自戒の意味を込めて・・・。

今更ながら母のひと言ひと言をもっと素直に聞けばよかったと愚かな娘は思う。反発心の強い娘にはことわざを交えてやんわりと諭すのが母のやり方だった。「諫言耳に痛し」だけれどもう一度母に叱られたい。

今日は母の6回目の命日。

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猫に焼きのり

P5250734    2008年6月2日(火)

      けふのうた

甘き声にささやき猫を抱きしむる君の瞳に妻は映らず

「猫にかつぶし」というが我が家の場合は「猫に焼きのり」。特にたんちゃんは海苔の入っている戸棚の前に立っただけで寝ていてもぱっと反応するほどだ。

彼女は運動不足のせいか年のせいか最近あまりご飯を食べなくなっていた。夫はあれやこれや工夫しては「これはおいしいから一口だけでも食べてごらん」と熱心だ。

私はというと「お腹がすけば何でも食べるよ」と彼が熱心になればなるほど冷めてくる。でもたいてい今まで弱っていた子は彼の工夫で助かってきたのでマメな夫には感謝だ。私は密かに自分が寝たきりになっても大丈夫だろうと思っている・・・その逆は悲惨だね。

たんちゃんは鰹節も煮干も缶詰も食べなくなって困っていた時、たまたまあげた焼きのりに強く反応した。以来これをふりかけないと食べなくなってしまった。ほかにはあんことヨーグルトとお刺身が好き。今では食事になると鳴いて私の隣の椅子に座り一緒に食べるようになってしまった。

人間のものはいけないとは知りながらも喜んで食べるとついうれしくてあげてしまう。これが人間の子なら親失格だが近頃この手の親が増えているとか。うちに子供がいないのも神様のご配慮だろうか?

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ユンディ・リ

P5160673_2    2008年6月1日(日)

      けふのうた

ほとばしる汗も美し情熱の若きピアニスト ユンディ・リ

きのうTVでユンディ・リの特集を見た。2000年のショパンコンクールで第1位に輝いた中国の若きピアニスト。大きなスケールとかつ繊細な演奏は聴くものを惹きつけてやまない。

特集は小沢征爾とユンディ・リとのプロコフィエフのコンチェルトの練習風景だった。とびきりの才能と才能がぶつかり合う緊迫感に思わず画面に釘付けになった。

もうひとつは2000年のショパンコンクールの1,2,3次予選から本選までを追ったドキュメンタリー。日本からも何人か出場していて佐藤美香さんが6位入賞した。ここで15年間受賞者がなく待望されていた第1位となったのがユンディ・リだ。18歳と4ヶ月、史上最年少だった。同じ曲を同じピアノで弾いてこんなに違うなんて・・・ダントツの演奏だった。

政治・経済・文化あらゆる場面で21世紀はやはり中国の世紀になるのだろう。ユンディ・リはそれを象徴するようなピアニストだ。

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