« ハサ架け | トップページ | 生きるとは »

浅間山歴史探検隊

Pa040156      2008年10月5日(日)

           けふのうた

迫りくる熱き土流におののける母娘は見しや慈悲の観音

きのうはお天気最高。8月のキャンプ以来の子供自然探検隊だった。

今回は火山の浅間山を知るということで、群馬県側にある浅間火山博物館へ。

火山の構造を映像とモデルで展示してある。まずは真っ暗な入り口からどんどん下ってマグマ湧く地底に降りてゆく。ぞくぞくしながら地底探検の気分。初めての子供は怖がってスリル満点。

Pa040170 そこで有史以来の浅間山の活動の歴史を見ながら資料の残る天明3年(1783年)の大噴火を学び、午後嬬恋村の鎌原(かんばら)観音堂の見学へとつなげる。

天明の大噴火では477人の村人が犠牲となり残った93人が新たな家族を作って村を再建していったという。その例として説明するTさんが私と夫婦になってS君を子供にしてという話を子供たちは熱心に聴いていた。

Pa040157 やはり一番の衝撃は村で一番高いところに立つ観音堂の石段であと一歩のところで火砕流に呑みこまれた母を背負った娘が発掘された写真だろう。

子供たちもそれには衝撃を受けた様子。火山の恐ろしさを肌で感じることができる貴重な教材だ。

観音堂はこれで3回目だと思うが今回は以前にまして人々の苦難に思いを馳せた。

|

« ハサ架け | トップページ | 生きるとは »

「日記・コラム・つぶやき」カテゴリの記事

コメント

探検隊スタッフ、お疲れ様でした~!
「 母 を 背負った娘 」というのが、なんとも切ないですね。

西紅柿さんへ
「嫁と姑」という説もあったようですが骨のDNA鑑定で「娘と母」と判明したそうで納得。(ねこおばさん)

投稿: 西紅柿 | 2008年10月 5日 (日) 13時47分

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.f.cocolog-nifty.com/t/trackback/524628/24254690

この記事へのトラックバック一覧です: 浅間山歴史探検隊:

« ハサ架け | トップページ | 生きるとは »